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2012年1月30日 (月)

新年度事業の策定を

1月27日(金:夕方から四万十市社会福祉センターで「高知県西部NPO支援ネットワーク理事会」を開催しました。

 主な内容は今年度の事業展開と、新年度事業展開についてで、新年度は県の委託事業を受けることとなっており、具体的な内容について話し合いを行いました。県西部のNPO活動の活性化や活動基盤整備など多くの課題があるものの、活動を展開することでの効果は出るはず。前向きで取り組むことを確認しました。

最後の福祉活動計画推進委員会

1月26日(木:昼食はあったかふれあいセンター「昼のあったかなランランランチ」の弁当をいただき、大正老人福祉センターでの「しまんと町社会福祉協議会第10回理事会」に出席。今回の議案は2月開催の社会ふくし大会表彰者の決定のみでしたが、協議事項が多く理事会の役割は重くなっています。

 引き続いて「平成23年度第4回四万十町地域福祉活動計画推進委員会」を開催し、短期目標(24年度)、中長期目標(25年度以降)について事業の実現可能性・優先度をつけ、アクションプランを作成しました。Dsc00060

 このアクションプランを地域に持ち出して地域の必要とされる福祉活動に活かさねばと思いますが、機動力をどう描くるつするかが今後の課題となります。

 この夜も県立大学田中教授も出席いただき進行を務めていただきました。推進委員会終了後には慰労を兼ねて懇親交流会を地元の「松月荘」で行い、美味しい料理を頂き満足して帰途に。それぞれの立場で関わっていただく推進委員会委員の方々の力もいただき、地域福祉活動が着実に進んでいることは間違いありません。
 

2012年1月29日 (日)

雪が舞って

1月25日(水:時折雪の散る寒い日になりました。夕方から高知市での「高知県ボランティア・NPOセンター第60回(2011年度第3回)運営委員会幹事会に出席しました。

 2012年度事業計画についての話し合いが行われ、ボランティア推進事業では、市町村ボランティアセンターの機能強化、災害ボランティアセンター体制づくりなどを。

 NPO支援事業については、経営塾・経営研究会、支援基金、FRJ(ファンドレイジングinジャパン)、企業市民セミナー、西部地域での事業展開などについて。

 また、全国社会福祉協議会から打診を受けた「全国ボランティアフェスティバル(平成25年度)の開催」についてで、この事業にどう取り組めばボランティア活動強化が出来るのかなどを検討しました。Dsc00050

 さすがにこの夜は高知市も寒く、帰途の久礼坂を上り四万十町影野地区の国道56号では凍結していて危いとおもったところ、5~6台の車がスリップ事故をしている現場に差し掛かりひやっとしたことでした。

 写真はこの日の夕方の雪景色です。

2012年1月28日 (土)

朝から夜まで

1月24日(火:午前には高知市から窪川に帰り、東松島市社協役職員ら3名の来訪者を迎えるべく社協事務所に。今回の訪問は昨年の東日本大震災時に災害ボランティアセンター運営支援等に関わった県内の社協に挨拶で来られるもので、事務局長・地域総務課長と共にお迎えを。Dsc00044

 震災後10カ月を経過した東松島市の現況や復興支援センター・サポートセンターの役割など、多くの事柄について意見交換を行いました。東日本大震災の教訓を高知県で活かすことが私たちに課せられた課題と認識しつつ話をしたことでした。

 午後は雪のちらつく十和地区に足を運び、町役場十和総合支所での「四万十町地域自治区検討委員会」に出席しました。

 今回の検討委員会のメインテーマは「地域協議会と区長会の役割分担」で、地域協議会委員の構成メンバーで区長の占める割合は大きいが、広く意見や活動を展開いただくNPO等も必要との考えも示されました。

 今回予定されていた「所管区域の設定(区割り)」については今回の検討材料になりませんでした。地域自治区設定の取り組みを通して住民協働をどう醸成していくのかが大きなっキーワードのなると思いますが、行政や地縁組織の思いはどこにあるかと少し不安に。取りこし苦労なら良いのですが。

 夜には昨年11月より取り組んできた「初級手話講座」の修了式に出席しまし、この間10回を越す講座で研修いただいた7名の方に修了証書をお渡ししました。聴覚障害の方の意思伝達手段としての手話が活かされることによって、誰もが安心して暮らせる町づくりへの一助になればと大いに期待します。この講座に参加いただいた7名に修了証書を授与するとともに、講師をしていただいた「手話サークル:ともだち」の代表者にお礼を述べたことです。

 

 

2012年1月25日 (水)

災害ボラセン中核スタッフ実践講座

1月23日(月:県立ふくし交流プラザでの「災害ボランティアセンター中核スタッフ実践講座」に出席しました。この講座は2日コースで、今後発生30年以内の発生するであろう南海地震を想定し、県内市町村社会福祉協議会職員を対象に行われたもので、約40名が出席しました。

 1日目は「東日本大震災における災害ボランティアセンターを振り返る」と」題しての講義を千葉貴弘さん(社会福祉法人東松島市社会福祉協議会生活復興支援センター副センター長)と山崎水紀夫さん(特定非営利活動法人NPO高知市民会議理事)が震災発生後の10カ月を振り返って報告を。Dsc00035

 千葉さんは、社協職員であり被災し過酷な状況の中、福祉避難所の開設、災害ボランティアセンターの立上げと運営、そして多くのボランティアやセンター運営における葛藤を映像などを交えて話されました。2回にわたって東松島市を訪れた自分も千葉さんの思いや活動が自分のことのように思い出されます。

 山崎さんは災害支援プロジェクト委員として行動された岩手県大槌町に入った3回の活動を中心に話されました。彼は1500枚以上の画像を保持し、会場内にも多くの写真を展示されていました。

 後半の特別講演「南海地震における津波被害~東日本大震災から見る今後の課題~」は、大年邦雄さん(高知大学総合研究センター防災部門教授)が土木工学の視点から、東日本大震災の総括・次の南海地震・防災が目ざすことをテーマに防災力についてボランティアの力の大切さを話されました。

 夜の懇親交流会には東松島市社協常務理事・事務局長、生活復興支援センター統括そして生活復興支援センター副センター長も参加いただき、2回にわたって東松島市の祭儀ボランティアセンター運営支援に関わった者として有意義な時間を過ごしました。1次会居酒屋・2次会居酒屋・3次会ラーメン店と正にNPOパターンの一夜となりましたが、この日中にホテルに帰りセーフ(◎´∀`)ノ。

 

 

十和地区民協新年会に

1月19日(木:一日中小雨の日になりました。インフルエンザや風邪が流行し、娘も孫も昨日から熱を出しており午前中はクリニックに。症状は風邪とインフルエンザとの中間ぐらいとのことで、薬をもらって自宅で休養することになりましたが、孫の通う保育所では2歳児24人中10人ほどが休んでいる様子で、新聞報道によると高知県西部のインフルエンザ発症率が高いとのことも納得いきます。

 夕方には「四万十町十和地区民生委員協議会新年会」に招待を受け、社会福祉協議会事務局長とJR予土線を使って出かけました。始発駅の窪川では乗客4人で、土佐大正駅で乗ってきた四万十高校生徒は17名で、そのうち1名を除いて携帯電話・ゲーム機・フェイスブックなどに向かう姿にはこれが今風かと感じました。

 日暮れの雨の予土線は趣があるものの、土佐昭和・十川駅では多くの乗客が下車し、自分たちも新年会会場の「たかせ」に。四万十町には法定の民生委員協議会が旧町村単位で組織されているものの、十和地区民生委員協議会の活動は一味違うものがあり、懇親を兼ねての新年会も活動を活性化する取組として素晴らしいものです。この民協は会長・副会長2名がすべて女性できめ細やかな活動に頭が下がります。

 美味しい料理を頂きながらの杯のやり取りは楽しいの一言で、あっと言う間に2時間余りの時間が過ぎ、窪川行きの最終列車に送っていただき車中の人になりましたが、もう少し遅い時刻の列車があればと思ったことでした。事務局長と2人の列車は約40分の時間をかけて20時39分窪川駅に。

2012年1月20日 (金)

保育所落成に向けて

1月18日(水):午前は隣町に住む叔母を「介護保険法要介護認定の更新手続き」のため、医療機関で診断書を作成していただくために予約をしていた町内のクリニックに同行しました。

 加齢による体の衰弱はあるものの、ここ1年間ほど通院歴はなく、医師によると診断書が書きにくいパターンとのこと。叔母はすでに90歳を超えての一人暮らしゆえ心細いのか「もう死にたい」と訴えると、医師は「死を急ぐことはない。誰の寿命も神様が決めているので、それまで安心して生きて行きなさい。」との言葉があり、叔母も少しは気を取り直した模様。

 診察が終わったのが昼前で、自宅に送る途中に豚太郎七子店で昼食を摂ろうと叔母はしょうゆカツラーメン、自分はミソねぎラーメンを注文。叔母の食欲と食べる早さは自分たちと変わらず、まだまだ元気が証明されたことでしたが、歩行は介助が必要で今後に不安も。

 午後は3月に落成式を行う仁井田地区の統合保育所「ひかり保育所」の落成式典・祝賀会についての四万十町、地元建設委員会、運営予定の窪川児童福祉協会の打ち合わせ会に出席しました。少子化や建物の老朽化に伴う保育所統合を推進し、この度新築で公設民営として「ひかり保育所」がスタートすることとなりました。

 この保育所の新築落成式典の神事や式典次第、そして祝賀会について打合せを行いましたが、仁井田地区の新しいシンボルとしての保育所の発展をどう進めていくかも今後の大きな課題ととらえました。何はともあれ少子化が進行する中での新保育所建設はリスクもありますが、公共施設であるとの認識を生かして地域に貢献できる保育所に育てなければと法人の責任者として身の引き締まる思いです。

2012年1月17日 (火)

17年前は

1月17日(火:昨日の雨は上がり、高南台地は霧に覆われた朝になりましたが、昼間は気温も上がって好天になりました。1995年1月17日早朝には阪神淡路大震災が発生し、早くも17年が経ちました。

 高知でも大きな揺れを感じ、大阪府池田市に住む義妹に電話をすると直後ゆえ繋がったものの、マンションの中は地震の揺れで家具などが散乱して生きた気持ちがしなかった、とのことを聞いたことがこの間のように思い出されます。

 今夜ニュースを見ていた三女が、当時高一で修学旅行が地震の影響で取りやめとなったと話していました。

 17年経った今も被災者を支えている活動や孤独死があることを聞くたびに、災害の被害の大きさは長期にわたって地域や人の心に影を落としていると心が痛みます。10年ほど前に訪れた神戸市の外見は被災の傷跡はほとんど感じられませんでしたが、一歩裏側を見れなかった自分を恥ずかしく思います。

 東日本大震災の被災地や、今後起こるであろう南海地震に備えて私たちの取り組む道のお手本は阪神淡路大震災です。備えを大事に活動に活かしていきたいものです。

 今日は天候に恵まれ、何かにつけて幸せな日になりました。

 

社会ふくし大会の骨格が

1月16日(月):久しぶり雨の一日となりました。冷たい雨の中午前中は「四万十町社会ふくし大会2012」第2回実行委員会に出席し、2月26日開催に向けて話し合いを行いました。

 この社会ふくし大会は社会福祉協議会合併の翌年から毎年開催しており、3年前からは同時期に開催していた「当たり前に暮らすこと」と統合して行っているもので、今回の実行委員会では内容の具体的な件について。

 今年のテーマは「生きる~地域のきずな~」とし、開会行事に続き福祉教育推進校の活動発表、高知県精神保健福祉センター山崎所長の基調講演「震災と心のケア」に続いて、「地域の活動~安心して暮らせるまちづくり~」と、地域の絆を強めることを目的として開催します。広報戦略の弱さか住民の関心を引き出せないのか毎年参加者が少なく、今年は前年以上を目ざさねばと。

 

2012年1月15日 (日)

地域ケア会議出席

1月14日(土):午後は「平成23年度第3回四万十町地域ケア会議」に出席しました。この地域ケア会議は、四万十町内の保健、医療、福祉の関係機関と地域資源が連携し、包括的なケアを推進することを目的に平成22年10月にスタートしたものです。

 この会議は昨年10月に続くもので、従来の委員に加えて十和診療所所長と自分が加わり、17名(うち欠席3名)の委員と事務局である7名の地域包括支援センターが出席して行われました。Dsc00031_2

 今回は現在策定中の四万十町高齢者福祉計画・第5期介護保険事業計画素案の説明を受けたのち、グループワークを行い、1グループでは「ケアマネージャーと医療相談室との連携支援」「宅老所(集いの場)を増やす、充実」。

 2グループは「独居の受入れ先(ケア付き住宅)」「認知症キャラバンメイト、サポーターの強化」「認知症の理解が早期発見につながる」「身近なところで認知症の広報」を。

 3グループでは「配食サービスの見直し」「外出支援の充実」「生活支援サポーターの養成協力」について話し合いを行いました。

 高齢者福祉計画・介護保険事業計画の見直しと言いつつ、10年以上前のスタート時とは状況は大きく変化しており、今回の見直し計画策定では現状把握を的確に行い、10年後を見据えるぐらいの計画とすべきと感じました。 

 そのためには医療分野の積極的なかかわりは欠かせないことは確実ですが、現状は厳しいことに。しかし住民の健康や命を守ることは行政の大きな使命であり、困難な中でも医療機関との連携を構築しなければこのケア会議の目的は達成できません。医療機関、行政、社会福祉協議会が密な連携をとれるかが住民が安心して暮らせる大きな一歩と感じました。
 

2012年1月14日 (土)

面談終了

1月13日(金:西洋では13日の金曜日は縁起が悪いと言われているとか。しかし今年は4月、7月にも13日の金曜日があります。

 そんな中、保育所職員との面談最終日となり、Dsc02852
今年退職する職員を除きすべての職員と面談を行いました。この面談は日頃の仕事に対する意欲や課題解決への取り組みを聞かせていただくもので、結果的には新年度に向けての人事異動への参考資料ともなります。

 夜には面談終了のお疲れささん会を町内の居酒屋で行い、すっかり酔っぱらって後半には一時意識不明にε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…。

 しかしあらゆるチャンネルが児童福祉の現場を支えているとの思いや、四万十町の子育てを体を張って取り組む意識の重要性が認識されましたが、この思いを現場にどう届けるのか、どう実践するのかが今後の課題に。

 写真は昨年秋に行われた「くぼかわ保育所」の運動会風景です。

面談2日目

1月12日(木:窪川児童福祉協会職員との個別面談2日目。副会長、事務局長とともに職員に事前アンケートに基づいて職員の思いや仕事での取り組みなどが聞け、保育所経営に活かせることのメリットは大きいと思います。

 保育所というクローズな世界から一歩踏み出して子育てを考えることの重要性を感じてもらえることも目的の一つで、社会貢献活動に取り組みたいとの声もあり、職員育成や社会活動への参加参画にこの面談の役割も確認できることに。しかし疲れます。(@Д@;

2012年1月13日 (金)

大震災から10カ月

1月11日(水:あの忌まわしい東日本大震災から10カ月が経過しました。東北は厳寒の時期に入り、被災された方々の暮らしの厳しさが想像されます。応急仮設住宅での暮らしや瓦礫の未処理、加えて福島原発の問題など復興が遅れていることに胸が痛みます。

 7月に東松島市を訪れた際に応急仮設住宅で会った野蒜地区で津波の被害に遭遇した高齢の女性の「家は流され何も無くなってしまった。この住宅に入居したものの、国民年金のみの収入で、先に住宅の取得は出来ないと思うので、この仮設住宅で生涯を終えないといけない。」の言葉を思い出します。Dsc02477

 未来を描けないほどに打ちのめされた地域の復興の困難さを実感するとともに、この高齢女性のような暗い気持ちにさせない取り組みこそが行政や社会福祉協議会の役割ではないかと思います。

 そんな中、今月23・24日と災害ボランティアセンター中核スタッフ実践講座が県立ふくし交流プラザで開催されます。この講座には東日本大震災で大きな被害を受け、復旧・復興に中心となって取り組んできた東松島市社会福祉協議会課長であり、現復興支援センター副所長も講師で出席されることとなっており、興味深いお話が聞けると思います。写真は昨年7月に写した東松島市赤井地区の応急仮設住宅です。

 この日の午後は窪川児童福祉協会正職員との1年に1回の個別面談で、法人副会長・事務局長と共に事前アンケートに基づいて面談を。この個別面談は数年以上前から行っており、職員の仕事の振り返りや意欲、保育事業や社会貢献活動等に対する考え方や思いを共有するもので、日頃職員と接触が少ない理事としての立ち位置を確認する意味もあります。

 この日から各日10名余の職員との面談が3日間続くこととなります。正職員・臨時職員という立場ではなく、四万十町の子どもたちのために保育所として関われる子育て支援をどうスキルアップするのか、考え・行動できる職員育成にこの面談を活用しています。半日の面談にも関わらず、真っ向勝負で結構疲れます。

 

 

2012年1月12日 (木)

町政懇談会に

1月10日(火:前日から区長としてこの日に隣の集落、根元原集会所で行われる町政懇談会(車座談議)の屋外スピーカーによる周知放送を4回行い、出席しました。

 この町政座談会は私たちの住む辷道地区・隣接の根々崎・根元原地区の3地区の比較的小規模の地区が対象となっているものの、町役場の推進する行政区再編や自主防災組織、選挙投票所等日常的に関わりの乏しい集落を一緒にしており、もう少し地域状況を勘案してほしかったと残念な気持ちも。

 懇談会には町長以下、副町長・企画課長そして集落担当職員ら、役場側から8名の出席、そして3集落からはほぼ同数の住民が出席し、町長の挨拶と町政報告ののち懇談を行いました。町長就任後の2010年7月以降今回の懇談会が37回目(窪川地域は26回目)ということで、任期中には町内全域で実施したいとの意気込みを感じました。

 町村合併して今春で丸6年となる中、ハード面での整備は進んだものの、ソフト面である総合振興計画にある住民の参加参画をベースにした住民協働に遅れがあることは否めません。将来は地域自治区を設置しようとする計画をどう進めていきたいのか、この四万十町どのような町にしたいのか、またそのためには町役場としての明確な役割が掴みきれませんでした。Dsc00029

 

 住民からは少子高齢・過疎化が進行する中での役場庁舎の建設、来年の高速道開通にどう取り組むのか、基幹産業である農業政策をどう進めるのかなど厳しい意見と住民の役割等についても発言がなされました。

 この四万十町の将来を行政職員も住民も一緒に考える懇談会は意義あるものの、町役場職員が町総合振興計画を柱とした各種計画についての研修がなされているか若干不安があるものの、熱心な取り組みからその心配が解消されるものと感じました。

 写真は先日から自宅で作っている干し大根です。町内の畑にはたくさんの大根などが転んでいるはず。これをお金に変える仕組みと取り組みで高齢者の生きがいなどに活かせるかも。

 と言いつつ干し大根は畑の大根の5~10分の1になってしまいますが、体を動かしてお金に変える活動はお年寄りを元気にすることは確実です。

 彩りで有名な徳島県上勝町では元気な高齢者がネットを使い、生き生きした人生を送る中から孫にマンションを買ったという話は有名で、人間の良さは前向きに考え、行動することかも。

2012年1月 9日 (月)

36倍の競争率

1月8日(日:この日はしまんと町社会福祉協議会の事務職員第1次採用試験日でした。退職に伴う職員補充のための試験で、社会福祉事業に関する業務を担当する職員1名の募集に対して36名が受験するという厳しい中での試験となりました。

 第1次試験は一般教養・事務適正で、事務局の準備で整然と行われたものの、この応募者数はどう受け止めたらよいか。約半数が町外の方となっており、年齢も19歳から40歳後半までで、社会福祉協議会の仕事に興味を示したのか、また現在の雇用環境が厳しい中応募したのか不明ですが、事業者としてもこの採用試験を厳しくとらえなければなりません。

 3連休の中日の早朝から採用試験に関わってくれた職員に感謝。幸いにして試験は正午には終了し、後始末をして解散に。Dsc00025_2

 

 天候に恵まれての穏やかな午後は、孫を相手にお爺役を。家の脇にある電柱では多くの鳥が集い、時には群れて移動する風景が見られました。冬場は畑の野菜の成長が悪く、肥料を施して水をやったりすることに。

 夜のニュースで野田総理が福島県を訪れ、被災地に足を運ぶとともに福島県知事との会談で、知事より原発事故の終息宣言は違和感があるとの発言は当然であると思います。

 私たち国民と国政に関わる者のズレは何なのか。国内の原発が始動して約40年経ち、今回の東日本大震災による福島原発事故処理の責任は現政府にあるとして、これまで推進してきた自民党政権の責任が明確にされていないばかりか、その処理や対応について真摯に向き合わない旧政権の体質とは正に戦後60数年にわたって無能な政治家が官僚の思いつきに付き合い、この国をダメにした結果ではないかと思う時があります。

 遅れてきた年賀状の中で小夏の映画会を主宰している知人からのものに、「昨年は3.11福島原発事故にて、その危険性が証明された年です。それにしても誰も責任を取らない曖昧な日本人。せめて人生最後は、坂本龍馬の様に生きたいと誓う私です。そして貴方様の今年1年の幸多き日々を心より祈ります。」とありました。

 またこの年賀状には、ビキニ環礁水爆実験で被災したマグロ漁船員を調査する、県内の高校生グループ「幡多高校生ゼミナール」の姿を記録したドキュメンタリー映画「ビキニの海は忘れない」が上映されたことや、同ゼミ顧問で、県太平洋核実験被災支援センター山下正寿事務局長のコメントも書かれています。

 時同じくしてこの夜のテレビ「真相報道バンキシャ!」ではビキニ環礁での水爆実験時に島を追われた人たちが、50年以上経過したなか未だ元の居住地に帰れない現状を報道していました。

 

2012年1月 5日 (木)

1日中雪がチラついて

1月4日(水):雪の散る寒い1日となりました。官公庁はこの日から仕事始めで雪が散る中、しまんと町社会福祉協議会が運営している十和の里に新年あいさつに。大正・十和地区はうっすらと雪が積もり、寒そうな景色が広がっていました。

 職員を前に在宅福祉事業は益々重要性を増してくる中で、サービスの質向上は欠かせなくなってきているので、今年はよりステップアップを図って欲しいし、明るい職場づくりに取り組んでほしいと挨拶を行いました。

 帰途には社会福祉協議会大正支所に寄ると共に本所にも立ち寄って新年の挨拶をし、職員を激励も。Dsc00022

 また午後は窪川児童福祉協会が運営している4か所の保育所と事務局に足を運び新年の挨拶と打合せを行いました。

 児童福祉協会の今年は今月中旬に職員との面談、2月末の影野保育所閉園、3月からの指定管理によるひかり保育所開園と落成式など年度末には行事が目白押しで緊張感を持って取りかからなければなりません。写真はうっすらと雪をかぶった松葉川の山。

 夜には精神障害者小規模作業所を運営するNPO法人の新年会に参加し、役職員で和やかな時間を過ごし、すっかりご機嫌で帰宅してダウンとなりました。

 

2012年1月 3日 (火)

日本農業新聞

1月3日(火:元旦から日本農業新聞を購読することにしました。数年前からJA四万十の運営委員を務めており、購読を頼まれたものですが、いざ読んでみると結構参考になる記事があります。

 今日3日の紙面ではJA組合長アンケートで野田政権不支持86%とあり、TPP対応への不信感で当然かもしれませんが、その他に気なる記事が。Dsc00021

 「地域ぐるみ支え合い協同で豊かな暮らし」と題して「絆:あすを創る住民力」の中で、「高齢者の足確保」(島根県益田市二川地区自治会)と「直売所出荷を代行」(愛媛・JAおちいまばり)の記事が掲載されていました。

 二川地区自治会は、益田市北東部の旧美都町に位置する120戸が暮らす地区の自治会で、住民有志組織「二川の未来をつくる会」(2005~10年)が福祉、産業、コミュニティーの各部会で出したアイディアを生かし、自治会が地域活動を実践している紹介がされています。

 コミュニティーバスは福祉部会からの提案で、予約を受けてボランティア組織が送迎しているものです。利用料金は1回200円でガソリン代としているそうです。住民の参加参画の取り組みとして参考となります。

 写真は昨日夕方、妻の実家を訪ねた時に写した一斗俵沈下橋ですが、この米奥小学校区では高齢化率が50%を超えているかも。四万十川両岸の県道を走るバスは1日何便かあるものの、谷あいにある集落からバスの停留所までは距離があり、この地区も早晩高齢者の足確保が課題となることが予想されます。

 今夜はNHKFM放送の『真冬の夜の偉人たち「華麗なアダ花・ムード歌謡の世界」』を聴きながらブログを書いています。マヒナスターズ・東京ロマンティカ・ロスプリモス・クールファイブ・アローナイツなど1970年ごろに活躍したグループの懐かしい曲が多数聴けました。

 「ラブユー東京」「別れても好きな人」「長崎は今日も雨だった」「星降る町角」「宗衛門町ブルース」などなど演歌のようで演歌でない世界の歌で、自分の得意分野としてスナック等で随分マイクを握ったことが思い出されます。いやいや出番があればまだまだ結構やれますよ

 この夜のラストソングは「夜霧のエアーターミナル」。久々にラジオを楽しんだ2時間でした。

成人式に

1月2日(月):午後には四万十町24年成人式に出席しました。この成人式にはしまんと町社会福祉協議会会長として案内を頂いたものです。Dsc00017_2

 今年の町内の成人者は184名ということで、整然と記念撮影している場に着席しましたが、騒がしい模様は全くなく、スムースな式が行われました。

 ここしばらくは年間200人前後の新成人だったようですが、現在四万十町での出生者が100名以下となっており、この現象をみてもいかに少子化が進行しているかが歴然です。この若者たちがこの町に定住し、結婚できる環境整備は正に政治課題でもあり住民共通の課題でもあります。新年を課題解決に一歩進める年としたいものです。

 

2012年1月 2日 (月)

平和な年でありますように

1月1日(日:穏やかに明けた2012年。おせちや雑煮でゆっくり朝食をとり新聞を読み、年賀状に目を通し、そして遊びに来た孫たちとのんびり1日を過ごしました。Dsc00007

 昨年は激動の年でしたが今年は平穏な年であってほしいものです。我が身は社会福祉協議会・窪川児童福祉協会・高知県西部NPO支援ネットワーク・区長、そして行政関係各種委員等に腰を据えて取り組まねば。

 元旦の高知新聞で連載の「公の群像~平成の市町村職員たち~」が始まりました。連載が始まるにあたって『いまや就職人気ナンバーワンの公務員。地域の「つっかえ棒」となるべき地方公務員も同様ですが、彼ら公(おおやけ)の担い手の世界も明日が見えない平成という時代の波に洗われています。終わりなきリストラやストレス社会が自治体にもたらしているものは・・・。住民に最も身近な市町村職員の実像を県内各地で追います。』と記しています。

 連載には現状を的確にとらえてもらいたいと期待したいものですが、平成の自治体合併を機に随所で語られてきた「住民協働」の取り組みが遅れていることが課題かも。言葉を独り歩きさせた首長や議員の立ち位置はどうなのかと疑問に感じます。

 住民主体の地域自治を行政がコントロールしようとした頃からボタンの掛け違いが。NPO活動を経験する中から地域自治の原点は住民の参加参画が基本と感じていたものの、それを阻害してきた行政姿勢が今日の状態を招いていると言わざるをえません。

 四万十町役場総務課から住民用にと「協働について考える研修」案内チラシが出されました。主催は「こうち人づくり広域連合」で、1月25日に四万十町農村環境改善センターで開催するとの案内。確か四万十町では住民協働の担当課は企画課であったはず。NPO側から働きかけた「協働」の取り組みは頓挫したままで、果たしてこの研修を町行政にどう生かすというのでしょうか。

 私たちの高知県西部NPO支援ネットワークでは、来年度に行政職員を巻き込んでの協働を通して、地域活性化についての研修シリーズを予定しています。既に全国では「地域に飛び出す公務員ネットワーク~公務員が変われば、日本が変わる~」がスタートしており、「公務員参加型地域おこし」の実践をしています。

 「NPOと行政との協働」は10年近い前からの課題で、私たちも関わってきましたが、いつも市町村の冷たい姿勢に涙をのんできました。行政職員が悪いのではなく、現在の行政人事システムに欠陥があることは明らかですが、「協働」等について首長や議会の理解不足と実践経験不足も大きな原因と思われます。NPOや社会福祉法人の活動を通して協働推進に邁進せねばと思います。

 

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