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2011年7月31日 (日)

7月が終わります

7月31日(日):朝は少し晴れ間が見えたものの昼前からは曇り空に。そんな中、地区土地改良区の作業である用水路の溝刈りに参加しました。

 この作業は夏場に1~2回用水路の水がスムースに流れるようにと岸から溝に覆いかぶさっている草木を取り払ったり、溝に生えている藻を除去することが目的で、地元の土地改良区に関係している世帯から参加。

 正午までみっちり作業をして解散。午後は疲れで孫を相手にゆったりとした時間を過ごしました。いよいよ明日から8月。

 そんな中、東松島市災害ボランティアセンターのブログを見ると、旧盆を境に災害ボランティアセンターから復興支援センター(仮称)に体制を変更するとの記事が。7月初旬災害ボランティアセンター運営支援に伺い、今後の方向性について話し合ったようになったことを感無量で読みました。今後は仮設住宅に暮らす方などへの支援にボランティア活動が展開されるとのこと。長期にわたる活動が必要となりますが出来る限りの応援をしていきたいものです。Dsc02627


 昨日は町内米奥地区で沈下橋を使ってのイベントがなされました。その地区にある一斗俵沈下橋。

高岡地区労福協総会に

7月29日(金):夕方から須崎市立市民文化会館で開催された「第11回高岡地区労福協定期総会」に出席しました。労福協とは高知県労働者福祉協議会の略称で、労働者・その家族・退職者を含む勤労者の生活・福祉の向上を図ることを目的としており、この夜の会は高岡地区の総会でした。

 総会議事の後、新年度役員を選出して総会は終わりましたが、この会は2008年5月からエコキャップ(ECOCAP)運動を推進しており、目的はCO2削減・子ども達の命を救う・地域活性化に寄与・・・となっており、NPO法人エコキャップ推進協会を通してペットボトルのキャップを回収し、売却益をワクチン寄贈団体に寄付しています。

 総会後には出席者などと懇親交流会で杯を交わしつつ交流を。須崎市にも法人経営の保育所があり、そこの職員が参加しており意見交換が出来てラッキー。須崎市では子育て支援センターは保育所に併設であり、平日の時間外保育は19時終了となっているものの、ほとんどが18時半までに迎えがあるとか。懇親会会場は20年前ぐらい前に現職当時に利用していた「姫路屋」で少し懐かしい気になりました。帰りの列車までの時間は先輩と駅近くの居酒屋に。この名のスナックは現職当時に先輩と言ったことも数々あり、聞けばスナックから居酒屋に変わったとかで時の流れを感じたものです。

 往復ともJR土讃線の普通列車を利用したものの、窪川・須崎間は540円の料金でまずまずと感じるものの、利用者は少なく経営状況は厳しいと思われます。窪川駅から自宅への帰りはタクシー利用で。

2011年7月29日 (金)

一日中社会福祉センターで

7月27日(水):午前は社会福祉センターでの「四万十町災害ボランティアセンター第1回連絡会」に出席しました。この会は2009年度に開始した「災害ボランティアセンター体制づくり推進事業」を継続して、四万十町災害ボランティアセンター検討会として取り組んでいるもので、自力で災害ボランティアセンターを設置・運営が出来る体制づくりと日常的なネットワーク作りが目的です。

 今回の連絡会にはNPOや各機関・行政等から20名余が出席し、情報共有や意見交換が行われました。この連絡会の詳細についてはしまんと町社会福祉協議会ブログ「しまんと町社協人のつぶやき」に書き込まれています。

 午後は「平成23年度四万十町地域福祉活動計画推進委員会」に出席しました。この推進委員会は2010年3月に策定した「四万十町地域福祉活動計画」推進に係る事業・活動の評価・分析・企画・立案・運営等に関する重要な任務があります。Dsc02636

 会は16名の委員からなっており、策定委員会の会長・副会長がこの推進委員会の会長・副会長を引き受けていただき心強いことですが、計画策定より1年余の時間が経っていて、計画を振り返ることから会議が始められました。

 地域福祉活動計画は『地域は家族 ~笑顔で暮らせる四万十町~』をメインテーマに、6つの重点目標・16の活動目標・53の実施目標からなっており、計画策定に関わっていただいた高知県立大学社会福祉学部田中きよむ教授の進行でみっちり3時間余の推進委員会に。

 今回の推進委員会は計画策定から今日までの評価を中心にワークショップを行うこととし、広大な四万十町では均一な計画推進が困難なため、町村合併前の地域ごとに委員と職員が分かれて評価することになりました。Dsc02638

 まず重点目標・活動目標ごとに「やれている」・「やれていない」・「わからない」に分類し、それぞれについて原因・効果・課題等を活動目標ごとに書きだして意見交換を行いました。

 この結果、若干の地域差はあるものの、総じて重点目標である「みんなの集える場所づくり」・「地域を支える人づくり」・「手をつなごうー安心のまちづくりー」は取組みが進んでおり、反対に地域資源の見直しや生かし方には推進の遅れも。

 この評価を見ると、社会福祉協議会としての地域福祉活動を推進する際の役割や他の機関等との連携など、地域福祉活動をより具体的に推進する方向が見えてきたような気がします。秋口には第2回の推進委員会を予定して閉会しました。

 終了後には近くの居酒屋で推進委員・アドバイザー・職員などとの懇親交流会が開かれ、楽しいひと時を過ごし、一部は2次会・3次会と。   
 

 


 

2011年7月28日 (木)

高齢者福祉計画策定員会

7月26日(火:午後は町役場大正総合支所での「四万十町高齢者福祉計画及び第5期介護保険事業計画第1回策定委員会」に出席しました。

 この策定委員会は社会福祉協議会・介護保険施設・民生児童委員・介護保険被保険者・公募に応募したものなど10名からなっており、高齢者福祉計画及び介護保険事説明がなされ、各事業計画の策定が主な役割であるものの、第4期の介護保険事業計画の見直しが主たる目的になります。

 初回の策定委員会は、町長からの委嘱状の交付ののち会長・副会長選出が行われ、第4期計画に関わった者の中から会長をとの声で、自分が会長に選任されました。副会長には被保険者代表で社会福祉協議会評議員の方がなられて心強く感じます。

 議事では、この経過計画についての説明と四万十町の現状説明、そして今後のスケジュールの確認がなされましたが、この間約1時間で時間がもったいなく、続いて会長判断で各委員らから四万十町での高齢者を取り巻く状況や課題等を発言していただき、現状の共有を行いました。会議における時間の使い方が拙いのはいかがかと思います。

 今回の計画策定では4期とは違った新しいメニューも加えないと町内の高齢者問題への解決が進まないと思います。会長になったことを活用しながら策定委員会を進めなければ。次回は9月に開催として閉会しました。天候不順なものの比較的涼しい日でした。

2011年7月27日 (水)

社会福祉協議会理事会に

7月25日(月):午前はしまんと町社会福祉協議会第4回理事会に出席しました。今年度から毎月理事会を開催し、社会福祉協議会の経営基盤強化を図ることとなっており、今までは事務局で対応してきた内容まで情報共有で理事会の協議事項となったものも。

 今回の理事会議案は補正予算のみでしたが、評議員選任規定・定款変更・職員採用試験・サービス事業者に対する支援・指定管理の在り方・役職員研修などの協議事項について議論がなされました。いま、しまんと町社会福祉協議会理事会の良いところは、理事が常に前向きに取り組む姿勢が素晴らしいことで、町村合併後5年を経過して大きく進化したと言えます。

 午後は代表を務める窪川児童福祉協会の用務で保育所巡りを。先日の台風6号の被害状況も確認しながら所長等と意見交換を。

 夕方には間もなく生後8か月になる孫守りを。

 

2011年7月24日 (日)

新しい公共支援事業説明会




7月23日(土
:真夏らしい天候となりました。午後には高知県西部NPO支援ネットワーク主催の「新しい公共支援事業」説明会を四万十町社会福祉センターで開催しました。

 この説明会は都道府県が中心となってNPO等の「新しい公共」の担い手に対して、経営基盤強化のためのサービスや支援を実施するとともにNPO等が企業や行政等との協働により地域課題の解決に取り組む活動を支援するもので、この事業を活用して、活動基盤の強化を図り、市町村や企業等と協働して新たな展開を考えているNPO等を対象に行ったものです。Dsc02630_2


 会には県西部のNPO数団体と高知県県民生活男女共同参画課職員ら10数名が参加し、私からは「新しい公共を巡る動きについて」、県からは「高知県新しい公共支援基金事業について」の情報提供を行いました。

 この事業は2011・2012年度の2年間事業で、「NPOと行政との協働モデル事業」については、2011年度事業は既に書類の提出期限が過ぎており、2012年度事業も8月4日が書類の提出期限となっているものの、まだまだ時間があります。地域課題解決について協働事業を進める絶好の機会で、NPOや市町村の頑張りを期待したいものです。

 情報提供の後は意見交換や質問タイムで、協働やNPOの経営基盤整備等について多くの意見が出され、有意義な会となりました。ペーパーやHP等を活用しての情報提供とともに、顔を合わせての話し合いや情報提供の場が今後も必要と感じました。

 引き続いて行った高知県西部NPO支援ネットワーク理事会では、2011年度事業の具体的な取り組みについて話し合いを行い、その後は説明会参加者らとともに町内の居酒屋で交流会を行い、久しぶりに懇親を深めました。

 

2011年7月21日 (木)

23日に新しい公共支援事業説明会

7月21日(木):朝から夏の日差しが強く1日中家で過ごしました。

 特定非営利活動法人高知県西部NPO支援ネットワークでは、高知県の協力を得て「新しい公共支援事業説明会」を開催します。多くの方の参加をお待ちしています。

 この説明会は、2010年度の国の補正予算で成立した“新しい公共支援事業”が、実施されることとなり、NPO等の「新しい公共」の担い手に対して、経営基盤強化のためのサービスや支援を実施するとともに、NPO等が企業や行政等との協働により地域課題解決に取り組む活動を支援するために行うものです。

開催日時:7月23日(土)15~17時      開催場所:四万十町社会福祉センター(四万十町茂串町11-30)    プログラムは、情報提供として①「新しい公共を巡る動きについて」(高知県西部NPO支援ネットワーク)、②「高知県新しい公共支援基金事業について」(高知県県民生活・男女共同参画課)、意見交換・質疑・・・となっています。18時より希望者による懇親交流会をセットしています。

 

2011年7月20日 (水)

台風6号が通過

7月19日(火:前日から心配されていた台風6号が九州南部から北上し、深夜から大雨洪水強風波浪警報が高知県に発令され、緊張の1日となりました。

 早くから公共交通機関が運休となり、四万十町では小中学校が休校を決めたなか、保育所はお困り保育の体制で保育を行うようになり、関わっている4保育所で28名の園児の保育を行うことに。各保育所に安全体制を確認するために訪問して所長と情報交換を行いました。また、社会福祉協議会事務所に出かけて過去の水害を教訓にした洪水対策も。

 早朝から正午ごろにかけて強風と大雨があり、津野町船戸では800ミリに達する雨量が、また県内では1000ミリを超すところもあり、洪水を心配したものの、夕方には雨・風とも弱まり、台風の中心が土佐湾にあるにもかかわらず既に通過したかのような状況が。被害が感じられず一安心しました。 Dsc02621_2


 この写真は正午過ぎの四万十町七里(柳瀬)のもので、県道19号線まで約2メートルまで水位が上がり、田圃は既に冠水しています。

 日が暮れてからは風・雨はほとんど感じられず台風通過があったことが確認できました。

 県東部には被害があったとニュースが流れましたが、西部には大きな被害があったとの報道も無く20日の高知新聞朝刊で確認したいものです。

 

2011年7月18日 (月)

なでしこジャパン、おめでとう

7月18日(月:朝起きるとテレビはサッカーの女子ワールドカップドイツ大会で日本がアメリカを降して世界一になったとの報道をどのチャンネルも。

 延長戦2対2からPK戦で勝利を引き寄せたとのことで、小柄な体格に関わらず俊敏で複雑な動きを駆使して諦めない戦いに各国のマスコミも絶賛しています。派手さは無いものの、世界の頂点に立った日本チームおめでとうございます。

 世の中で女性の力が認められ必要とされている中、地方の現実は厳しく、四万十町における総合振興計画や男女共同参画計画では、男女が共同して創るこれからの地域社会のあるべき姿を掲げ、24年度目標として役場女性幹部職員登用30%、審議会等の女性委員の構成比40%としています。

 しかしこの行政計画はどう取り組み、どう評価されてきたのか不明のまま、今回町は総合振興計画の見直しを行うための審議会に委員を公募しています。どうも私たちは計画づくりには力を入れるものの、その検証や評価を住民で行う力を持ち合わせていないようです。町村合併後のまちづくりの基本は住民協働だと掲げているまちづくり計画が空しく思えます。この際、女性のコミュニケーション能力や現実を見据えている力を活かしたまちづくりに、男女共同参画で取り組むことが早道と思うのですが。

 5月と今月に運営支援に関わったDsc02452東松島市災害ボランティアセンターのブログが随時更新されていますが、ここ1か月近く読ます、見せるブログになっています。災害ボランティアセンターの次の姿が垣間見れます。

 運営に関わっているボランティアスタッフに感謝です。

 

 

2011年7月17日 (日)

久しぶりの農作業

7月17日(日:朝から曇り空で比較的涼しく、宮城県に出かけていた10日間が影響して約半月ぶりの農作業を行いました。

 田圃の畔草はこの間に刈ったと思ったのにすっかり伸び、草刈り機で約2時間かかってやっときれいに。曇り空で涼しいと言っても仕事をすると汗まみれになり、冷たい飲み物が欠かせません。畑仕事もあるものの、19日ごろに襲来予想の台風を見越して作業は取りやめて午後は休養に。台風が東日本大震災被災地などに影響のないことを祈ります。

このブログ、一部の表示しかされませんが、全てを見たい場合はバックナンバーの年月をクリックして見てください。

2011年7月16日 (土)

宮城の酒を

7月16日(土:梅雨明けらしい暑いものの朝夕は涼しい日になりました。孫を保育所に送迎の間、伸びた少ない髪を切るために馴染みの理髪店に。午後には暑さにたまらずクーラーにスイッチを入れ孫たちと昼寝となりました。

 夜は晩酌に宮城の酒を頂くことに。この酒は5月に同じ災害ボランティアセンター大曲サテライトで活動した宮城県保健福祉部職員から今回の活動時にスイカと共に差し入れいただいたもので、スイカはボランティアスタッフで食べていただき、酒はゆうパックで自宅に送りました。Dsc02329


 5月に活動した頃には大曲地区は海に近く、浜風が強くて埃が舞って厳しい中でのボランティアセンターサテライト運営が思い出されます。

 またこの時期にサテライトである大曲市民センター前の田圃にあった瓦礫もほぼ片付けれれており、2か月の時間が経ったことを実感させられましたが、まだまだ復興には多くの時間と経費がかかることは予想できます。

 その宮城県職員から頂いた酒は、「㈱佐浦・生一本浦霞」と「㈱一ノ蔵・大和伝」の2本で、この夜に封を切ったのは「浦霞」。宮城産ササニシキを使って辛口に仕上がっています。Dsc02620

 この浦霞をロックで味わうと中々のもの。お土産に買ってきた笹かまを肴に至福のひと時を味わいました。

 右は前回戴いた「からくち浦霞」、中が今飲んでいる「生一本浦霞」、そして左は「特別純米酒大和伝」。真夏に酒のロックも良いものです。

 

東松島市の子育て支援センターは

7月15日(金):午後は孫の面倒を見ながら東松島市での災害ボランティアセンター運営支援の書類整理を。その中に東松島市子育て支援センターの封筒があり、そこの職員と話したことを思い出しました。Dsc02458

 この子育て支援センターは災害ボランティアセンターが設置されているコミュニティパークの横にあり、約10年前に開設されたとかで市立であるにもかかわらず運営はすべて臨時職員で行っているとのこと。その職員に話を聞くと「臨時職員であるけれど、常に自己研さんや研修を重ね、子育て支援センター運営においては公立保育所の職員に負けない自信がある。」とのこと。

 この子育て支援センター「ほっとふる」は平日の9~16時の間開所しており、子育てについての相談の場、子育てに関する情報を提供する場、親子のふれあいの場、親同士の交流・学習の場、とどの子育て支援センターと同じような内容に思われますが、今後は新たしいものにチャレンジするとのことで、今月から土曜日である9・23日にオープンするとかで、半日だったものの9日には多くの親子で賑わっていました。このような場を目にすると児童福祉に関わっているものとして身の引き締まる思いがします。

 

 

ブランクの取り戻しを

7月14日(木:朝から夏の太陽が照りつけて暑い一日に。NPO法人の登記手続きに高知法務局四万十支局に出向きましたが、書類の不備があり日を改めて再度伺わなければならないことに。午後は間もなく生後8か月になる孫守りなどで時間を過ごすことに。

 夕方には二人の孫を連れて散歩に出かけ、お爺を周囲にアピールを。運営支援に背中に負った孫が重く成長を実感しました。Dsc02582


 画像は仙台駅での東北新幹線新号青森発の「はやて352」。

 東松島市での災害ボランティアセンター運営支援に出かけてのブログに画像をアップしますので読んでください。

2011年7月15日 (金)

10日ぶりの自宅

7月13日(水:東京浅草での目覚めとなりました。前夜宿泊したのは「ホテル京阪浅草」で、有名な「浅草ビューホテル」の斜め前。東京スカイツリーが望めるとともに雷門や浅草寺が近く、6時から1時間ほどこの付近を散策しました。このエリアには有名な仲見世通り、浅草演芸場などの興業施設、テーマパーク花やしき付近を散歩しました。日陰は涼しかったものの、朝とは言えこの時期の直射日光は強く、うっすらと汗をかいて朝食に。Dsc02607


 ホテルからはつくばエクスプレス、JR山手線、東京モノレールを乗りついで羽田空港に移動しましたが、いつも思うのは東京は常に開発が進んでおり、一極集中の弊害が見受けられます。

 11時羽田発のANA便で帰高し、高知市社会福祉協議会・県社会福祉協議会に立ち寄って今回の宮城行きについて報告や意見交換をして10日ぶりに帰宅したのは15時過ぎ。

 家族や孫たちは変わり無いものの、区長としての用務等が待っており、夜遅くまでパソコンに向かうこととなりました。宮城における今回の役割もほぼ果たすことが出来たと自負しつつ布団に入りました。

東松島市に別れを

7月13日(火:高知市社協職員と二人での東松島市災害ボラセン運営支援の役割は前日で終了し、ボラセン責任者の方々に引き継ぎと今後の運営をお任せして災害ボラセンスタッフや社協職員に送られ、宮城県社協職員の車で一路仙台市に。途中日本三景の一つ松島に立ち寄ったものの、震災後は観光客が激減とか。Dsc02576


 仙台に帰り、東京への新幹線出発までの間、昼食に仙台名物の牛タンを食べることに。初めての牛タンは柔らかく歯ごたえがあって何か不思議な味で美味しくいただきました。

Dsc02578     夕方東京に着き、一人となって浅草のホテルにチェックインし旧知の友人と再会して夕暮れの都内を案内してもらうことに。来年オープンする東京スカイツリーを見たあとは居酒屋で交流を温め次の店に。窪川で中学校・高校と同級で過ごし、東京に就職し千葉に家を建て、田舎に一人残した母親を気遣って年に3~4回帰郷していたものの、昨年お母さんが亡くなられたことで会う機会が無くなり、今回宮城に出かけたついでに会ったもので楽しい時間を過ごしました。Dsc02601


災害ボラセンの定休日

7月11日(月:今月より毎週月曜日が災害ボラセンの定休日となり、この日が2回目。サテライトでのボランティア活動は行っているものの本部での活動はお休みで、休みとなったボランティアスタッフは災害ボラセンに顔を出したり、自由気ままな時間を過ごしたりで静かな1日となりました。

 時間をつくり、午前に到着した高知県社会福祉協議会職員と共に東松島市の隣にある石巻市観光協会に伺いました。理由は8月に高知市で行われるボランティアフェスティバルの東北応援企画で観光パンフレットを配布する為のもので、石巻駅前にある観光協会の建物も津波の影響で一部が浸水して職員の方は3日間自宅に帰れなかったとか。

 帰りに津波と火災被害に遭った場所に車を走らせると想像以上のありさまで、また海岸部は瓦礫の山となっており、復興に相当の時間を要することを感じさせられました。

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 夕方には自分たちの次のクールの室戸市・仁淀川町社会福祉協議会職員が到着し、詳しい引き継ぎののちは高知県方式で居酒屋にて夜の引き継ぎを行いました。

 東松島市はこの夜が最後で遅くまで交流をし、宿舎に帰りました。少しアルコールが多く入った気もします。

2011年7月10日 (日)

色々あった一日

7月10日(日):朝から日差しが強い日になりました。今日はひびき工業団地に出来ている応急仮設住宅入居者への交流を目的とした「おひさまサロンプロジェクト」で、市の地域包括支援センター、社会福祉協議会、地元ボランティア、災害ボランティア、ルーテル教会の協力のもと多くの住民が参加して行われました。

 5種類の花と3種類の野菜の苗を各戸で育てていただこうと、プランター・移植ごて・土・ジョウロと苗を提供して仮設住宅の方々に植えていただきました。日曜日ということで8割方の世帯からの参加があり、和やかに作業が進み、気温が高くなり冷たいものを飲みながら歓談しているところに地震が。震源地は三陸沖でマグニチュード7.1で、東松島市では震度3が示され、津波注意報が発令されて市内にサイレンが鳴り響き警戒するように促されました。Dsc02536

 災害ボランティアセンターに連絡するとサテライトを始め、すべてのボランティア活動は中止して引き上げることとなったとかで一安心。

 この仮設住宅に入居されているのは野蒜・宮戸地区の壊滅的に津波被害のあった方々で、家財を始め家を流され将来への希望が持てないとの声が多く、この災害の激しさと抱えている課題の大きさを実感しました。帰る途中にある道路わきの温度計は33度を表示しており、この夏では一番の暑さを感じました。

 社会福祉協議会事務所に帰り、同行していた社協会長とこの社協の状況について意見交換を。社協は理事15名・評議員31名で運営されているものの、課題もあるとか。午後に災害ボランティアセンターで取り扱った個人情報等の処理をさせていただいた介護職員の事務室でも、社協合併後の課題を引きずりつつ震災を受けた中での問題も多く、改善することが市民に社協として責任を果たすことになると思っているとか。

 この老人福祉センターが震災発生時には福祉避難所になり、数十人の方々を6~7名のスタッフで休む間もなくケアし、人間どんなときにも頑張れることを実感したとの話を聞いて感動したことでした。

 夕方には高知市社協から来ている職員とともに、この夏ワークキャンプで高知市の高校生が訪れる予定になっている総合福祉施設「はまなすの里」の現地確認に行き、近くにある仮設住宅も見てきました。

 近くの商業地ロックタウン内の和食レストラン「まるまつ」で4度目になる夕食をとり、同じ敷地内にある「トップバリュー」で明日の朝食を買って1日の行動を終了することに。今夜は何とかブログを書くことができました。東松島市災害ボランティアセンターのブログは素晴らしく、是非読んでいただきたいものです。

災害ボラセンの次のステップを

7月9日(土):天候に恵まれ、東松島市災害ボランティアセンターにはサテライトをを含み800人を超すボランティアの皆さんが活動されました。日中の気温は30度にもなり、厳しい中でのボランティア活動に頭が下がります。Dsc02489

 そんな中、午前は災害ボランティアセンター幹部と今後のセンター運営や、その後を見据えた復興支援センター(仮称)への取り組みを話し合い、当面の方向性を確認し、ペーパーに落として意識共有するための資料作成を行いました。東松島市社会福祉協議会を中心に方向性の決断をして次のステージに進んでほしいものです。

 夜には約2カ月にわたって災害ボランティアセンター運営の中核スタッフの送別会を市内の居酒屋で行い、30名を超えるセンター運営スタッフが参加しました。運営スタッフは本部とサテライトで活動しており、初対面の方もいて素晴らしい交流会となりました。早めに宿舎に帰ったものの、パソコンを立ち上げながら疲れと酔いでキーボードに指が触れることなく電源をダウンし、自らも布団にダウンとなりました。

 ここ2~3日夜中に余震があるものの、揺れていることを自覚しつつ起きられず体が疲れに負けています。

2011年7月 8日 (金)

梅雨空でも雨がなく

7月8日(金):6時前に起床。朝食はオムスビとカップのインスタント味噌汁で済まして災害ボランティアセンターに。

 センターには宮城県社会福祉協議会の災害ボランティアセンターの方が来られ、センターの閉鎖時期や他市町村の状況について意見交換を。また栃木県那須塩原市社会福祉協議会から3名の役職員が視察に来られて対応などに追われました。

 熱中症対策でボランティアの皆さんに提供する飲料水を東松島市から頂くこととなり、車で取りに行ったり、災害ボランティアセンター統括と共に東松島市市長に活動報告を兼ねて挨拶に行ったりしましたが、市長は災害対策本部の中央に席を置き、市長自らが陣頭指揮を行う体制を見せつけられました。Dsc02509

 15時ごろには岡山県でアイスクリーム製造をしている「ジェラード」の方が300人分以上のアイスクリームを無料配布していただき、ボランティアのみならず近くにある幼稚園の園児、市民が集まってごちそうになりました。

 また夕方には市内でフラダンスを踊っているグループの方々がハワイアンの曲に合わせてフラダンスを。ここにもボランティアのみならず、多くの市民が鑑賞に訪れて楽しく和やかなひと時が流れました。

 今日のボランティア登録者は400人弱で、昨日の半分ぐらいとなったものの、明日は土曜日でもあり、多数のボランティアが予想されます。6月末の土曜日には1100名を超すボランティ登録者があり、この数を超えることとなれば今月末からの夏休みが心配です。

 今日でこの地を離れる高知県ボランティア・NPOセンター所長を夕方にはJR東北本線松島駅に送り、帰途に奥松島方面に車を走らしたものの、沿岸部の大きな被災状況には言葉も出ませんでした。

 今朝早朝には震度3クラスの地震があったものの、揺れは感じつつ起き上がることができず、疲れがたまっているかと心配も。ヽ(*≧ε≦*)φ

災害ボラセンの今後を

7月7日(木):このたび宿泊させて頂いているのが「東松島市老人福祉センター」で、早くも4日目。朝食の後は週1回の部屋や廊下の掃除をして7時半過ぎに災害ボランティアセンターに。Dsc02456

 曇り空でボランティアの皆さんには作業を行いやすい環境かと。本部事務所で雑用や相談に携わるものの、ボランティアの依頼や電話等は少なく至ってのんびりした雰囲気。

 この日の地元紙河北新報「社説・声」のページに近隣にある加美町在住の信用金庫職員から「震災ボランティアって・・無理せず型の力を抜いて」と題して投書が。この中で東松島市災害ボランティアセンターを通してのボランティア参加の状況を書かれています。

 少し抜粋してみます。『自分自身の生活が通常に戻った5月の連休明けから、ほぼ毎週土曜日、私はボランティアとして被災地にいる。ボランティアセンターを通じての活動で、作業は主に個人宅のヘドロ出し。作業は至って簡単だ。都合のいい日に、ボランティアセンターに行くだけである。予約も不要。センターの運営もスタッフが行っているが、ボランティア経験者、未経験者の受け付け、当日の参加者をどの派遣依頼者宅で作業させるかを決めるマッチング。出発の際の作業説明、作業で使う資材の貸し出し。そしてワゴン車やマイクロバスによる依頼者宅までの参加者の送迎ーーと、実にスムーズなシステムができている。これらは日々工夫と改善が加えられ、どんどん進歩していることにも驚く。

 ボランティアは一方的な奉仕ではない。参加した側に必ず何か得るものがある。当然真摯な奉仕の精神が根底にあるべきだが、過剰とも思える使命感や悲壮感はむしろ似合わない。「人の役に立ったなあ」という心地よさ、そして仲間や被災者との一体感があるからこそ参加する。肩の力を抜いて、無理せずに、である。そんな気持ちでボランティア活動を、とお勧めしたい。』と結んでいます。

 また社説には「仮設住宅の高齢者支援を実効性のあるものに」と。

 午後には災害ボランティアセンターや社協の責任者の皆さんとこの災害ボランティアセンターの今後について話し合いを行い、一定の方向性を見出しました。今後はこの方向性に肉付けをしながら具体的に進めることとなります。

 午後から参加した高知県ボランティア・NPOセンター所長を交え、夕食は3人で居酒屋に。宮城では飲まない覚悟でしたが、ついにその決意ももろかったことが証明されました。(つд⊂)エーン

2011年7月 6日 (水)

仮設住宅やボランティア現場に

7月6日(水):朝から涼しい風が吹き、すがすがしい日になりました。午前は自転車で赤井地区にある応急仮設住宅に行き、入居者等に様子を聞きました。気温が高くなって玄関に網戸が欲しいとか、買い物が不便で移動販売や暮らしやすい環境も・・・という声も。その為には避難所施暮らしやすい情報についても発信してほしいとも。Dsc02479

 大曲地区をはじめた地区でも側溝の泥上げを行っていますが、はたして終息時期が設定できるのかそれも課題に思います。

 夕方には小野地区・根古地区の応急仮設住宅を回らせていただき、入居者の声聞き現状を見させていただきました。

 今日のボランティア数は553名で、大曲・赤井・新東名で活動をしていました。活動の中身の多くは側溝の泥上げですが、仮設住宅への入居に伴うボランティア要請もあり、まだまだ災害ボランティアセンターの役割があることも認識しました。こんな中、石巻市災害ボランティアセンターは個人ボランティア受入れを休止したところ、多くの賛否意見が書き込まれており、東松島市は書き込みの反響を確認しておく必要あるかも。

 昼食休憩中、災害ボランティア資材・運転のメンバーで酒の話になり、この場は年配の者が多く、休日には朝からコップ酒を飲んだことや晩酌の量を自慢し合ったり、木陰でたわいもない話に花を咲かせました。(東松島市にて)

 

2011年7月 5日 (火)

変ったようで変わっていない被災地

7月5日(火):朝9時から東松島市社協会長・常務理事ほか地域福祉やケアマネ職員らを交えて緊急仮設住宅での活動「おひさまサロン」の話し合いを行いました。この中で、災害ボランティアセンターからこの事業に移行する為の取り組みを確認したところです。

 災害ボランティアセンターでは午後の天気予報に配慮して作業の中止を決定し、昨日一緒に来た高知市社協職員とともに津波被害の大きかった牛網・野蒜・赤井そして大曲地区を見て回りましたが、5月初旬に来た時から言うと一定の片付け等は進んでいると思われますが、雰囲気はいまひとつという感じで、復興に向かっているのかはっきりしないところも。Dsc02461

 今日の災害ボランティアセンターは本部以外に赤井・大曲・新東名・牛網にサテライトがあり、420人が作業に汗をかきました。夕方のスタッフミーティングでは今後のおけるサテライトの道筋や緊急仮設住宅等への支援など意見交換を。

 夕食は近くのショッピングタウンに足を運び、和食レストランですしセットを。今夜も帰途に途中にあるコンビニで朝食用のオムスビを買って宿泊場所に帰りブログを書いていますが、少し眠気が明日には高知県社協の幹部職員が来られる模様で、災害ボランティアセンター運営が新しい局面なるかも。(東松島市にて)

2011年7月 4日 (月)

東松島市の地に

7月4日(月):5時に起床し、コンビニでオムスビを買って高知竜馬空港に車を走らしてANAの羽田行きに乗って東松島市に向いました。

 東松島市災害ボランティアセンター運営支援は今回で2回目となりますが、新幹線で着いた仙台市で宮城県社会福祉協議会ボランティアセンターに寄って打合せののち車で東松島市に。今回は高知市社会福祉協議会の若い職員と一緒で心強いことです。

 東松島市社会福祉協議会では高知県から来ている社会福祉協議会職員や地元社協職員、市の地域包括支援センター職員らと仮設住宅でのボランティア活動の取り組みを話し合い、「おひさまサロン」を目指すことに。

 夕方からは雨になりましたが、天気予報ではしばらくマークは無く一安心です。宿泊の老人福祉センターは前回来た時は風呂も使用できなかったものの、今回はシャワーが使えてうれしい限り。早くもシャワーを浴びて疲れも取れ、明日からは頑張るぞと思っていますが。打合せでは課題もあるとのこと。出来ることから取り組まねば。

 (東松島市にて)

2011年7月 3日 (日)

明日から再度東松島に

7月3日(日:梅雨らしい曇り空になったものの、蒸し暑い1日に。孫の相手をしながら明日から再度訪れる東松島市災害ボランティアセンターの運営支援への出発準備を行いました。

 今回の災害ボランティアセンター運営支援期間中には、災害ボランティアセンターから復興支援センター、そして日常活動である社協ボランティアセンターへのスムースな移行をどうするのか、この週には高知県社協の幹部職員も東松島に足を運ぶこととなっており、忙しくなりそうです。

 準備を済ませて早く休みたいものですが、特定非営利活動法人の法人登記や県への提出書類の作成に時間が無く、今夜は頑張らなければなりません。

 明日から暫くは東松島からのブログ書き込みとなります。

2011年7月 2日 (土)

地域づくりの火が・・・

7月2日(土):朝から気温が上がり、梅雨明けのような天候になりました。そんななか大正下津井での葬儀に社会福祉協議会会長や身体障害者連盟役員らと参列しました。

 亡くなられたのは5年前の町村合併後から付き合いをさせていただいた方で、町の各種委員や審議委員、障害者連盟副会長、そして社協の地域福祉活動計画策定委員や評議員を務めていただきました。

 また、大正大奈路小学校区生活支援サポーター養成研修にも参加いただき、地域づくりについて熱く語っていたことを思い起こします。

 趣味を楽しむために山に入り、その場で倒れて救急車で運ばれたものの、先月29日に亡くなられたとか。命の道整備に力を入れていた彼の願いもかなわず病院まで時間がかかったことが悔やまれます。

 彼の人柄を表わすように自宅での葬儀には数えきれないほどの参列者が。ご子息の挨拶で、「大好き下津井、大好き大正、大好き四万十町で取り組んだ人生だった」と。おつき合いは短い期間だったものの、一生懸命に地域づくりに取り組む姿を尊敬していた方です。ご冥福をお祈りします。

東奔西走

7月1日(金):午前は理事長となった高知県西部NPO支援ネットワークの法人手続きに必要な書類作成で四万十市西土佐の四万十楽舎に足を運び、用事を済ますととんぼ返りで帰宅したのち、東に移動を。車での移動で250kmを越すぐらいの走行だったものの、充実感で疲れは少なく、いつものように夜更かしをして過ごしました。

 と言っても、4日からは東松島市での災害ボランティアセンター支援等が10日間控えており、済ましておかなければならない用事が多く、それに追われていたのが事実です。(´;ω;`)ウウ・・・

 

 

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