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2011年5月31日 (火)

社会福祉協議会評議員会に

5月30日(月):台風2号一過で、すがすがしい五月晴れとなりました。午前中は田植えに向けての農作業に汗を流し、午後にはしまんと町社会福祉協議会評議員会に出席しました。

 

 評議員会に出席するのは久しぶりで、評議員会の開催は年3回程度で、この評議員会は平成22年度事業報告・決算報告等の認定が主な議題でしたが、住民目線で社会福祉協議会を見ていただく評議員の方々の厳しい意見は重要と感じました。

 

 評議員会終了後、社会福祉協議会総務地域課長からは来月に発足する地域福祉活動計画推進委員会の内容について相談を受け、いろいろな角度からこの推進委員会について検討しました。活動計画をどう進め、どう住民が取組み、どう成果や方向性を示せたのか、またこの計画に取り組む中で社協役職員のスキルアップが図られたかなど、評価軸は多様ですが行動計画の本質にどれだけ近づいたかも大いに関心のあるところです。推進委員となる活動計画策定委員の関わりが大きなポイントとなりそうです。

厄入りぬけのお祝に

5月28日(土):台風2号の影響か沖縄・九州方面から強い風雨が東進中。

 

 夕方からは親友が61歳の厄入り抜けのお祝を自宅で行うとの案内で列席しました。満年齢で60歳は還暦で、仕事では一般的に定年退職の年齢です。彼も来年には仕事に一区切りをつける予定とかで、これまでの自身を振り返りつつ挨拶がありました。健康に気をつけて日々を大切に生きてほしいものです。遊びと飲み会には時折誘ってやらねば。o(*^▽^*)o

2011年5月28日 (土)

理事会、評議員会に

5月27日(金):午前は社会福祉法人窪川児童福祉協会の決算理事会を開催し、平成22年度の事業報告・会計報告等について審議を行い、原案通り決定をいただきました。全体的には法人の運営は順調ですが、保育行政についての課題もあり、ここ数年は将来を見据えた経営や運営が必要と感じました。

 午後は高知市での高知県社会福祉協議会評議員会に出席。忙しい忙しい。評議員としては今回が任期では最後の評議員会になります。この会も平成22年度事業報告と決算報告が主な議題で原案通り決定されました。

 この中で、東日本大震災への取組として会長専決で行った被災地支援における補正予算もあり、この震災が日本全国に影響を及ぼしていることを実感するとともに、全日本の克服すべき課題であると実感しました。

 この震災における被災地支援を単なる支援ととらえるのではなく、近く発生するであろう南海地震に備えるために支援とともに、その支援を受ける力を養うことも重要ではないかと意見を出させていただきました。役員を務めている高知県ボランティア・NPOセンターが数年前から取り組んでいる災害ボランティアセンター体制づくりや、市町村社会福祉協議会ボランティアセンター強化支援事業が正に大きく影響することが確認できたことも成果だと思います。

 会議が終了後にはマイカーの右後輪付近から発生している異音の原因を突き止めるべくディーラに足を運び点検したもらうと部品の劣化によるもので、ドライバーの劣化と同等か?┐(´д`)┌ヤレヤレ。新車登録から8年余で走行距離が21万Kmになろうとしているので無理も無いと納得するものの修理費見積もりでは3万数千円が必要になりそう。当面走行には支障が無いと言われたものの、車を買い替える予定も無く、近日中に修理をと覚悟して帰宅しました。 (つд⊂)エーン

  午前中に会った地区内の夫婦は毎年日本一周旅行にチャレンジをしているが、今年は東北を訪れたとか。気仙沼市に足を運び、災害ボランティアで5日間の活動をしたとかで、ご主人は家屋や敷地の泥出しを、また奥さんは支援物資の仕分け作業を行ったとかで、1000km離れた地域支援の輪が自分の地区にもあることを嬉しく思いました。

法人の監査が

5月26日(木:午前は代表を務める窪川児童福祉協会の平成22年度監査を受けました。この時期は社会福祉法人の監査・理事会・評議員会などがあり、我が法人も同様のスケジュールが。

 会計監査の役員は社会福祉法人会計に詳しく、監査を受ける側は緊張感が高まりますが、的確な指摘や指導は法人運営には大いに役立ちます。今回は予算執行の原点を厳しく指導いただき今後の法人運営に活かすことができると心新たにしたところです。

 午後は田植えに向けての準備をとトラクターで水田に入ったものの、耕運中にトラブルを起こして作業中止となり、雨のなか半日を棒に振ることになりました。家人からは学習能力が無いと冷ややかな言葉が。(´・ω・`)ショボーン

 結局、農機販売店にヘルプを求めることになり、解決は翌日に持ち越しとなり田植えの予定がずれ込んできました。また、台風2号が発生しており進路が心配です。

2011年5月26日 (木)

AM社協理事会、PM農作業

5月25日(水):9時からしまんと町社会福祉協議会平成23年度理事会に出席しました。この理事会は通称決算理事会ということで、平成22年度事業報告、決算の認定、監査報告の承認等が主なもので、久しぶりの議長となりました。

 

 職員の努力の結果、事業は黒字決算となっており、また各種書類も整えられて監事の指摘事項も無く順調に理事会を終了することが出来ました。理事会のその他の事項で、4~5月に東日本大震災の宮城県東松島市災害ボランティアセンター運営支援に派遣された社協職員の報告がなされ、支援力のみならず受援力の必要性も提言されました。

 

 高知県西部NPO支援ネットワークではこの時期、東日本大震災をテーマに現地報告と意見交換会開催を企画しており、多くの参加が期待されます。

 午後は自宅の田植えに向けて畔の草刈りや肥料の散布など、曇り空にもかかわらず汗をかく作業を行いました。夕方には畑にホウレンソウの種まきと昨秋に植えていた玉ねぎの一部を収穫することに。普通の玉ねぎは順調に育っているものの、赤いものは茎が大きい割にはたまは小さく、もう少し畑で育てるほうがよいのかと勝手に解釈を。

2011年5月24日 (火)

集落担当職員が来宅

5月24日(火):朝から妻の実家のある松葉川で田植えに1日を使うことに。夕方には無事作業も終わり、あとは自宅の田植えを残すのみとなりました。この分で行くと今週末までには春の農作業が終わりそうです

 

 夕方には今年度から町が取り組む集落担当職員制度の我が地区の担当職員3名が区長にと挨拶に来宅。この集落担当職員制度は役場職員・区長、住民が一緒になって元気な集落づくりを進めることを目的にしており、町内それぞれの集落に役場の職員を配置し、役場の情報提供や集落の住民と役場の連絡調整等を行うこととなっています。

 

 担当職員のうち1名は我が地区の住民でもあり、あと2名も好感の持てる優秀な職員と見受けられました。総務省は3年前より集落支援員制度を実施しており、今年度第1回区長会でこの制度も導入し併用したらと提言したものの、町は集落担当職員制度で取り組むとのことで、町総合振興計画やまちづくり基本条例にある住民協働をどう進めていくのか大いに関心のあるところです。

 

 担当職員と地区民との連携は正に住民協働の基本形で、依存ではなくパートナーシップを構築する中から1+1を3に出来る取り組みに発展さしたいものです。

 

 

 

NPO法人由菜の里総会

5月23日(月):小雨の1日に。雨のため農作業は休みにして、自宅で高知県西部NPO支援ネットワークの事務処理を行うことにし、「東日本大震災現地報告と意見交換会」の企画に時間を使いました。

 

 この企画は高知県西部NPO支援ネットワークが主催し、「南海地震に備え、自助・共助・公助の姿を探る! 東日本大震災現地報告と意見交換会 -行政職員・社会福祉協議会職員らの見たものは!-」と題して学習交流会を行うものです。

 

 詳細は次のとおりです。

 開催は2011年6月9日(木)18時30分から四万十町社会福祉センターで開催します。

 〈内容〉 18:30 開会

       18:40 現地報告 ①気仙沼市での活動

                      友永公生さん(黒潮町役場総務課)

                    ②東松島市差異がボランティアセンター運営支援

                      樋口益也・尾崎弘明さん(しまんと町社会福祉協議会)

      20:10 意見交換

      21:00 閉会

 以上を現地報告者、会場等の調整を行いチラシ案の作成を行いました。多くの方々に参加いただきたいものです。

 夕方からは特定非営利活動法人由菜の里総会に出席しました。由菜の里には精神障害者小規模作業所開設時から関わっており、NPO法人になってからは理事となっています。

 昨年は由菜の里がオープンして10周年を迎え運営は順調に推移しており、今後は各障害者施設や関係者らと連携してグループホームづくりに取り組むことが大きな目標で、理事長の熱意と決意に頭が下がります。

2011年5月22日 (日)

初めての議会報告会

5月20日(金:1日中妻に実家の農作業を行いました。もち米の苗の田植えを今年購入した中古の田植え機で。田植え機は乗用4条植えで歩行田植え機に比べれば格段に作業が楽で午前中に終了し、午後には4~5日先に田植えする田圃の代かきをして夕方帰宅。

 

 昨年12月町議会で、四万十町まちづくり基本条例・四万十町議会基本条例が議決され、今年4月より施行となり、この夜には初めての「四万十町議会報告会」が四万十町福祉センターで行われました。

 

 報告会には定数20名のうち17名の議員が出席し、議長挨拶・議員自己紹介に続き各常任委員長が3月議会の報告を行いました。

 

 まちづくり基本条例(自治基本条例)は町村合併後、町総合振興計画で住民協働を基本に、自治基本条例制定にのち地域自治区を目指す事を明記しており、その自治基本条例と共に議会が取り組んだ議会基本条例の制定とその実施が大きなポイントで、今回はその一歩。

  住民の参加は10名に満たないものでしたが、最初でもあり今後に期待したいものです。また、今月24日には大正総合支所で、26日には十和隣保館で夜間に議会報告会が開催されることとなっており、住民・議会・行政の連携活動のスタートになることを期待します。

  この夜の議会側の進行役によると議員個人に対する質問はダメとのことでしたが、今後は議会基本条例の理念にあるように町政の情報公開と町民参加を基本とした町民協働によるまちづくりに寄与することを目的にするならば大きく一歩を踏み出してほしいものです。

  参加者からはこの報告会に戸惑いあるものの、住民協働への重要な取り組みと想いをもって意見交換がなされました。議会基本条例による政策形成サイクルによると7月には議員研究会が、10月には町民との意見交換会が予定されており、住民も大いに関心を持ち参加しなければと感じたことでした。

2011年5月19日 (木)

サラリーマン川柳ベスト10が発表

5月18日(水:晴天となったものの頭の中は曇天(A;´・ω・)アセアセ。二日酔い気味で前夜の飲酒を反省の午前でした。

 午後にはやる気を起こして田んぼの農作業を強い日差しの中で。6か月になる孫の顔を時折見ながらで、疲れは感じません。

 夜にインターネットのニュースでサラリーマン川柳ベスト10が発表されており、その1位が「久しぶり~ 名が出ないまま じゃあまたね~」で、正に自分たちの今を読まれていると納得。2位は「クレームも 社員じゃわからん パート出せ」、3位が「何になる? 子どもの答えは 正社員」と現代の雇用事情を見事に皮肉っています。

 4位は「ときめきは 四十路過ぎると 不整脈」で、この年になっても結構ときめいていますが不整脈とは?。8位には「最近は ケータイ無いと 字が描けず」で、携帯電話が既に辞書代わりになっていることも。文明の進化は頭の退化と反比例なのでしょうか?。 

JA四万十本所運営委員会に

5月17日(火:午前は妻の実家の農作業を。この日はもち米の苗を植えるための代かきをしました。もち米の栽培は最近では珍しく、毎年秋には30kgをもらっています。

 午後は四万十農協の第1回本所運営委員会に出席しました。この運営委員会は四万十農協管内の6地区の運営委員会委員長・副委員長と女性部・青壮年部・生産部会代表からなっており、すべてで26名の構成。

 会の主な内容は3年間の任期の運営委員長・副運営委員長の選出と、平成22年度事業報告そして23年度事業計画案についての報告・協議で意見交換を行いました。今年の総代会は6月28日に決まっているとかで、今後各地区で組合員説明会が順次行われます。

 会終了後には農協役職員を交えての懇親会が行われ、ハイピッチで杯のやり取りがされ、2次会に足を運び帰宅の頃にはすっかり酩酊していました。

賑わう水木しげるロード

5月14日(土):旅行2日目も晴天に恵まれてのスタートとなりました。8時半に松江のホテルを出て30分で大根島の由志園に。ここ由志園はぼたんと雲州人参の里と言われ、シャクナゲ  ボタン・つつじが咲き、花を見るには絶好の時期です。池の周囲の散策は気持ちを和ませてくれます。4月にこの旅行の下見に来た時に買い自宅に植えたボタンは大きな花を咲かせてくれました。

 続いて訪れたのが境港市にある「水木しげるロード」で、水木しげるさんが描いた妖怪キャラクターのブロンズ像が商店街の歩道に設置されており、全てで119体とか。臨時駐車場にバスを入れ、参加者全員で通りを散策しましたが、修学旅行の生徒や一般観光客などで賑わっていました。20年前ぐらいに訪れたときには閑散としていた商店街がNHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」の影響もあってか雲泥の差。

 帰途は境港から米子インター経由で米子道に。昼食は蒜山インターを降りて過去の旅行で利用したことのある蒜山高原センターで蒜山おこわの皐月を。ここでも多くの者がお土産を手にしてバスに。何時ものことですがこの障害者連盟の旅行は買い物ツアーを兼ねています。買い物と食事に満足して一路四万十町を目指します。鴻池SA・南国SAでトイレ休憩後窪川に帰ってきたのが予定の18時10分で、旅行計画書通りで案づくりをした者としては満足。参加の方々の満足度は?十和まで帰る会員を見送り自宅に。天候に恵まれるとともに、事故も無く楽しい旅になったと自己満足しています。

2011年5月16日 (月)

障害者連盟旅行が20回目に

5月13日(金):毎年この時期に恒例となってる四万十町障害者連盟一泊親睦旅行に出発。道の駅「四万十とおわ」を6時半に出発した宮地観光の高知県補助事業によるリフトバスは四万十町社会福祉センターを7時半過ぎにスタート。この時点で貸切バス・社協ワゴン車・障害者施設リフト付きワゴン車の3台での旅行となり、自分はワゴン車の運転を。この旅行は旧窪川町の時から数えて20回目となります。参加者は障害者連盟会員26名、家族2名、サポートのスタッフ14名の合計42名の参加。

 高知道南国サービスエリア・瀬戸中央道鴻ノ池サービスエリアでトイレ休憩し、米子道の蒜山サービスエリアで昼食の自由食を摂りここからバスに乗り移って添乗員役に。米子インターからは山陰道に乗り替え出雲インターから出雲大社に。いつも参拝客が多く各自が大社の境内を散策し、集合に記念撮影を。

 出雲大社から5分ぐらいで移動できる「島根ワイナリー」に立ち寄り、ワインの試飲やお土産の買い物を楽しみました。運転することも無く安心してワインの試飲をすることはここに10回程訪れている中では初めてで、ワゴン車運転の5ボランティア仲間に感謝。

 島根ワイナリーからは宍道湖の北岸の国道431号を通ってこの夜の宿泊場所「ホテル一畑」には17時半ごろに到着。入浴後には夕食を兼ねての交流会になり和やかに懇親をし、参加y社カラオケを楽しみスタッフは被り物をして「ラーメン体操」の音楽に合わせて踊りをするとともにホテルのスタッフを巻き込んでとんでもないことに。

 2次会は障害者連盟会長などの部屋に足を運びビールで懇親を重ねることに。この旅行には社会福祉協議会会長も参加して場を盛り上げていただき感謝。すっかり酔って寝たのが日付が変わる前に。

広域社協連絡協議会総会に

5月12日(木):午後からは高幡広域社協連絡協議会総会にしまんと町社会福祉協議会会長・事務局長と共に出席しました。この会は須崎市・中土佐町・津野町・梼原町・四万十町の市町社協役職員等で構成されており、広域的な取り組みを進めることにより地域福祉の増進を図ることを目的にしています。

 総会には各社協役職員ら14名が出席し、平成22年度事業報告・決算・監査報告と23年度事業計画・予算(案)について原案決定後、今年度の重点事業である「高幡広域社協連絡協議会における災害時支援協定(案)」について話し合いを行いましたが、宮城県における災害ボランティアセンター運営支援の経験を生かして、支援のみならず災害ボランティアを受け入れる受援体制の確立も並行して確立することが重要との意見を言わせていただきました。

 今月初旬に災害ボランティアセンター運営支援に関わった東松島市では行政と社協・災害ボランティアセンターそして地元NPOやボランティアとの連携が今一つで、日頃の社協グループや行政とのかかわりの希薄さが感じられました。6月末の県社協の意見交換会時にはこの協定が締結できるように進めることを確認して閉会しました。

 高知県内では広域社協として活動出来ているのは高幡広域のみの聞いていますが、地域連携が出来る体制が整っていることは住民として心強いことと思いいます。

2011年5月12日 (木)

社協広報委員会に

5月11日(水:夕方からは社会福祉協議会の広報委員会に参加しました。昨年、理事会の中に部会として「広報企画部会」を設けたことも影響してか職員も広報への取り組みを委員会で行うことになり一歩前進が。

 広報委員会では今月号の評価を行うとともに、次号に向けての骨格について話し合いを行い、社会福祉協議会広報としてのスキルアップを目指しました。若い職員を中心にした取り組みは気持ちがよいものです。また、社会福祉協議会パンフレットについても具体化することを確認されました。

旅行のスタッフ打合せを

5月10日(火:午後は2年の時間を費やして取り組んできたトヨタ財団助成による高知県西部4団体の幡多学ことはじめ組の「幡多学事始」の出版に向けての打合せに出席しました。打合せ場所の幡多ゼミナール館長の山下正寿さんからは、「東日本大震災での福島第一原発事故の影響は多大ななものがある。ビキニ環礁で1954年にアメリカが水爆実験をして多くの日本船が被ばくしたことから学ぶことが多い。」と。

 夜には今月13・14日と島根・鳥取県への四万十町障害者連盟一泊旅行スタッフ打合せを行いました。この旅行は旧窪川町時代から数えれば今年が20回目となります。今回は島根・鳥取県方面でこの地方へは3回目となりますが、出雲までは初めて。

 障害者連盟の参加者は27名で、ボランティア・施設職員・家族などスタッフ17名となり、大所帯の旅行になりそうで個々のサポーターや部屋割りなど緻密な打合せはいつものとおりで万全を期すようにと。台風1号があるので天候の心配が・・・・。

2011年5月 9日 (月)

新しい公共支援基金事業運営委員会

5月9日(月:大型連休明けやしばらく不在にしていたので、窪川児童福祉協会事務所に伺い事業の進捗状況等について打合せを。

 正午ごろに出て高知市での「第1回新しい公共支援基金事業運営委員会」に出席しました。この新しい公共支援基金事業は、国の交付金を財源として構成する新しい公共支援基金を活用し、新しい公共を担い手となる意欲あるNPO等が自ら資金調達し、自律的に活動することが可能となるよう、環境整備を進める事業で、運営委員会は事業の審査や実施状況の把握、実施に関する助言等を行うことを目的としており、役割は重要となります。

 委員は県民・学識経験者・NPO等・企業などからの12名で構成されており、自分は中間支援組織の区分で出席しました。今回の会議の内容はこの会の委員長・副委員長の選出ののち、事業概要の確認や事業の基本方針、事業計画等を確認し閉会に。

 この事業のメニューは、①NPO等の活動基盤整備のための支援事業、②寄附募集支援事業、③融資利用の円滑化のための支援事業、④つなぎ融資への利子補給事業、⑤新しい公共の場づくりのためのモデル事業、⑥社会イノベーション推進のためのモデル事業、⑦共通事務に関す事業、からなっており、この事業を活用してNPO等が活用して地域課題の解決に取り組んでほしいものです。

久しぶりにのんびり生活

5月8日(日):初夏を思わせる陽気になりました。朝は久しぶりにゆっくり過ごして畑の見回りや孫の相手に時間を費やしました。1週間もいなければ野菜は育ち、収穫できるものも多く、しばらくは自家製の野菜が食卓を賑わしそうです。

 時折思うのは東松島市のこと。災害ボランティアセンターは順調に運営できているだろうか。避難所の皆さんの暮らしや市内の復興は進むだろうかと。まだまだ多くの課題を抱えての災害ボランティアセンターの活動ですが元気印で力を発揮してほしいものです。

東松島市災害ボラセンに別れを

5月7日(土):今月1日夕方に到着して2日朝から活動してきた東松島市災害ボランティアセンターへの支援は昨日で終了し、この朝は大曲サテライトのスタッフを現地に送ったのち社会福祉協議会やボランティアセンターの皆さんに挨拶をして帰途に。まだまだ多くのボランティア活動がある中、自分が役に立ったかどうかわかりませんが、この期間数百人のボランティアをコーディネートしたことは間違いありません。引き続き東松島の災害ボランティア活動が展開されることを祈るのみです。

 JR仙石線が震災の影響で仙台・東塩釜間野見の運航のため、帰りの行程はボランティアセンターのある矢本から東塩釜までは代行バスを利用し仙台に出ました。東京への新幹線に2時間弱の待ち時間があったので初めて立ち寄った仙台市内の観光スポットを1時間で循環するシティループバス「るーぷる仙台」に乗ることに。このバスは仙台駅を起点に、青葉通、広瀬川、仙台城跡(青葉城跡)などを回るものですが、仙台城の城壁が震災で崩れているのなど地震の影響が感じられました。しかし、東北一の都市だけあって人出が多く休日のためか賑わっていました。

 新幹線「はやて」は大宮・上野に停車して東京まで約2時間で、ここでも高知への飛行機最終便まで少しの待ち時間があり、羽田空港待合室のコインマッサージ器でくつろぎのひと時を過ごして飛行機。

 機内で高知県西部NPO支援ネットワーク理事をしている宿毛市のSさんと会い、聞けば2週間の行程でネパール・チベットに自転車ツアーに行っていたとか。冒険家の彼らしい活動に納得。高知龍馬空港からは窪川まで一緒に帰り、最終列車に送ることに。

 1週間にわたる今回の災害ボランティアセンター活動支援は現地でのボランティア活動のみならず、住民の暮らしや経済、復興の状況など高知では感じることが出来ない多くの状況を見ることが出来て有意義だったと思います。

 高知でも近く起こるであろう東南海地震に備えるために何が必要か、住民の意識構築の手段とはどうあるべきか、多くの教訓を得た今回の災害ボランティア活動支援でした。この状況を共有するために何かの取り組みが出来ればと思っています。帰宅後は1週間溜まっている高知新聞に目を通している途中に疲れで意識不明に。(◎´∀`)ノ

 

 

2011年5月 6日 (金)

災害ボラセン支援最終日

5月6日(金):早朝は高知のメンバーでこの東松島市の中で津波の被害が大きかった野蒜地区に車を走らせました。通称奥松島といわれるこの地は風光明媚で夏は観光客でにぎわうとか。ここも大曲漁港のように壊滅的な状況なものの、震災後2ヶ月近くたつと地域の生活が戻りつつあることも少し感じられました。

 朝食は前夜に残った少しのカレーライスとカップうどんという日頃ではありえないメニューで腹を満たすことに。

 今日で災害ボラセン運営支援が最終日となり、いつもの大曲サテライトは2団体と仙台駅からの東松島市へのボランティアシャトルバスが。このバスは昨日の午後告知に係らず、個人ボランティア50名余が2台のバスに乗り被災地のボランティア活動に参加いただきました。明日以降も土日には3台を運行して対応することとしましたが、受入れ側も体制整備が求められます。

 大曲サテライトの周辺では2~3日前から流失車両の運び出しや震災ゴミの搬出で関係車両の通行で土ぼこりが舞ってマスクは欠かせません。また、低空では自衛隊のヘリコプターが飛び、騒音も激しく慌ただし1日となりましたが、今日のボランティアは少なく、赤井・大曲サテライトを含めて266名で、週末での多くのボランティア参加が求められます。

 現地での作業終了後はボランティアセンターでミーティングののち急いで夕食を摂り、隣町遠田郡涌谷町の日帰り温泉「わくや天平の湯」へ。2日ぶりの入浴で埃や汚れを落としてすっきりし、明日帰る準備ができました。残るメンバーや地元災害ボランティアセンター運営スタッフなどにはこの地の為に頑張っていただきたいものです。また、過酷な中で業務や住民福祉に力を発揮する東松島市社会福祉協議会にも頑張ってとメッセージを送ります。

2011年5月 5日 (木)

昨夜から次のメンバーが

5月5日(木):東松島市の天気は好天で、「子供の日」日和となりました。早朝から昨日夕方に入れ替りで到着した高知県の社協関係者と共に被災地を廻ることに。壊滅的な状況となった大曲港近くはほとんどの民家が跡形なくなった中、ポツンポツンとがれきの中に残り,家の脇にこいのぼりが上がっている光景を見ると、震災に負けないで頑張るぞとの男の子の声が聞こえるような気がします。力強く立ち上がってほしいものです。

 昨日予想したようにボランティアは少なく、災害ボランティアセンター大曲サテライトでは74名、全てで489名となったものの、少し期待はずれも。ボランティアの皆さんはニーズ票に基づいて泥の書き出しや家屋の片づけなどに精を出していただきました。

 今日よりこのサテライトには高知県社協職員、宮城県職員が入りこの日だけ6名体制で引き継ぎをしながら運営を行いました。しかし、ボランティアは少なくミスマッチとなりました。災害ボランティアセンターではボランティアが少ないことを危惧して、明日より仙台駅から2台のシャトルバスを運行する手はずを整えました。いま振り返れば、4~5月の大型連休におけるボランティア募集戦略に反省すべきことがあったのではと。明日以降多くのボランティアがこの東松島市に来ていただくことを望むだけです。そのためにサテライトのボランティア受入準備を確立してきました。

 昼間に間もなく3歳となる孫から「おじいちゃん頑張って」の電話が。思わず顔がほころびました。1週間以上顔が見れないとなるとさすがに声だけでもうれしくなります。

 今日の作業は順調で、災害ボランティアセンターの建物を退出する時間には夜間ミーティングは終了し、早めにカレーライスの夕食にありつきました。昨日この地を離れた我が社会福祉協議会職員Oさんは無事帰宅したとのこと。3日間一緒に過ごした中で災害ボランティアセンターでの活動を見る限り大きく成長したと感じました。お疲れさまでした。

2011年5月 4日 (水)

ボランティアが減少

5月4日(木):疲れで6時過ぎにならないと目が覚めなくなりました。朝食までにと東松島市合併前の鳴瀬町の被災状況を見に行きました。この地区も矢本町以上の被災地もあり、生活再建が困難ではないかと思われる家屋が多いばかりか、基礎ごと家屋が一面流されている地域があり、驚きに包まれます。

 今日の大曲地区でのボランティア活動には166名が参加し、4人のスタッフで27件のニーズに対応したものの、完了となったものは15件にとどまり継続希望もあり、前日の持ち越し分、今日の新規ニーズを合わせると明日対応しなければならないのが29件となり、ボランティア希望者が少なくなる中、ボランティアセンターに対し、県外からのボランティア受入ストップ解除を要請。

 また、現場では多くの泥出しがなされて土嚢袋が不足気味で、ボランティアセンターや行政当局に準備を強く要請を。津波発生後2ヶ月を経過するのにこの状態は全く異常と言わざるを得ません。この連休中に多数のボランティア活動が展開されなければ復旧の遅れが出そうです。今日サテライトの現場で後悔したのは、道路を挟んでの民家が大きな被害が出ているにもかかわらず、ローラー作戦に目がいっているためにそのお宅に声もかけておらず泥出しボランティアにかかったのが今日の午後から。

 天候に恵まれて作業は順調に進んでいるようですが、ボランティア対象の総世帯が確定できず、ゴールが見えないのが不安です。ボランティアセンターは今日の終了時間には終わることができて、夜間のミーティングも順調に終わり、比較的早い時間に入浴・夕食ができて高知県からの6名の参加者で和やかな歓談を。

2011年5月 3日 (火)

1000名を超すボランティアが

5月3日(水):前日の疲れで起床は6時半に。今日は大口団体のボランティアが来られるとのことで、張り切ってローラー本部に。昨日とは打って変わって風もなく穏やかな日となりました。8時半ぐらいから多くのボランティアの方が到着して、出発前のオリエンテーションでスタートを。ボランティアバスへのテレビ取材も入るとともに、マスコミ取材等もあり忙しいこととなりました。ボランティアバスは4台で160人が到着し、10人一組で事前にニーズ調査を行った家庭に泥出しなどのボランティア活動を行いました。

 昨日の朝食はご飯を3口、昼にはカロリーメイトを1片だったものの、今日は昼食に大学生協の方々から余分となったおむすびをいただき満腹感を味わうことができました。

 この日の大曲ローラー本部での活動ボランティアには308人が参加され、57件のニーズを終了。活動内容は屋内等にたまった泥出しが主なもので、汚れもひどく疲れた様子のボランティアの方々が。時間を見つけて近辺を自転車で周ってみると思っている以上の被災状況があり、ボランティア活動が急がれていることを実感しました。

 全体でのボランティアの方は1168名で、多くのニーズをクリアしました。明日はボランティア参加者が少なくなる様子で少し心配です。また、夕暮れには雨が降り、明日の天気を心配することに。明日からはローラー作戦の責任者になりますが、ニーズ調査や訪問について方法の改善することとし、夜のミーティング終了後にそれを準備することにしました。

 夕食には差し入れなど多くの食べ物があり、作っていただいた味噌汁などをご馳走になり満腹です。疲れもありさすがに動作が鈍く、ブログ書き込みの時に一瞬眠気に襲われたり。明日には先月26日このセンターで力量発揮をしている我が社会福協議会のO君が帰るためその後任を自分が努めることとなります。また時期を同じくして活動してきた県社会福祉協議会職員も帰ります。お疲れ様でした。

強風の中ローラー作戦で

5月2日(火):窓の外の明るさで目が覚めた時間が5時過ぎで、東日本の日の出が早いことを実感しました。宿泊の東松島市老人福祉センターの掃除を済ましたあと、津波での被災状況を知るため大曲地区に車を走らすと、海岸まで距離があるのにひどい被害の模様が目に飛び込んできました。電柱はなぎ倒され、田圃には車の残骸が、また多くの民家が跡形もなく無くなっている様子に声を呑みました。

 これから6日間この地で災害ボランティア活動支援を行うと思うと気の引き締まる思いがしました。朝食後は災害ボランティアセンターが4月29日始めた大曲地区のローラー作戦による災害ボランティア活動の支援に入りました。5月1日までは民家床下の泥だしは行わないこととなっていましたが、この片づけが済まなければ元の生活には帰れないとの声を聞き、前夜でのミーティングで意見が出たところ、この朝から民家を中心とした復旧に向けてのボランティア活動にシフトをしました。

 私たちが配置されたボランティアセンター大曲ローラー拠点となった大曲市民センターは津波の影響で浸水し、現在は電気は通って無く周辺には車が田圃に散乱し、遠くには陸に打ち上げられた大きな船が目に入ります。

 この拠点でのローラー作戦は、地域全域を一軒一軒訪ねてボランティア活動を行うもので、団体で参加いただいた方たち146名が強風のなか精を出していただきました。大曲地区は風をさえぎるものがなく、自転車で前に進めないほどの強風と埃に閉口しました。

 この日のボランティアはボランティアセンター受付全体で403名。3日からのボランティアの参加が楽しみでもあり、心配でもあります。夜のミーティングの後は埃まみれになった体を清めるため、隣の松島町にある温泉施設に足を運んで入浴を。疲れが残り、高知県のメンバーでのミーティングはそこそこにして就寝となりました。

2011年5月 1日 (日)

東松島市に

5月1日(日):今日から1週間の予定で東松島市災害ボランティアセンターに。朝7時半過ぎに雨の窪川を出て高知竜馬空港からは県社会福祉協議会職員2名と合流して羽田に。空港では日赤の方々とも同じ便に乗ることに。

 羽田から浜松町経由で東京駅に出て東北新幹線で仙台まで。東松島市への仙北線は東塩釜までしかJRが復旧しておらず、代替えバスにて現地に入りました。途中では災害の状況は少し感じられたものの、断片的にしかわからず明日以降現地を見たいものです。

 夕方6時前に災害ボランティアセンターに到着し、現地スタッフの活動を見ながらこの日の終了時のスタッフ会議に出させていただきました。この中で感じたことは私たちの思いから少しずれがあるかなということ。明日は1日活動を見させていただき参考としていきたいものです。

 宿泊場所となっている老人福祉センターは風呂がないものの、夕食が準備されており和室で布団に入って休めるだけでも幸せと思わねば。3月に来たスタッフは事務所の床で寝たとのこと。夕食後には高知県からきている6名のスタッフが意識共有の打ち合わせを行い、熱心に議論するも支援の立場では面はゆい面も。明日からの行動に気持ちも昂るものの布団に入ることにします。

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