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2011年4月30日 (土)

あすより被災地に

4月30日(土:ホテルで朝食をとり四万十市より朝帰りとなりました。高知新聞の1面トップ記事は「被災地へ支援の人波」とあり、岩手・宮城・福島3県にはこれまでの倍以上のボランティア希望者が訪れ、関係者が対応に追われ多くのボランティアセンターでは午前中で受け入れを終了したとありました。

 自分も明日から東松島市の災害ボランティアセンター運営支援に出発することとなっており、1週間の予定に準備を。先日出発した四万十町社会福祉協議会職員が担当している地区では、今日のボランティアは300名が参加し30組でニーズに対応したものの、バタバタとかで厳しい様子がメールで届きました。現地に入れば的確な行動がとれればと気持ちを引き締めながら出発したいものです。

NPO法人が有料老人ホームを

4月29日(金:夕方から四万十市の新ロイヤルホテル四万十で行われた「有料老人ホームえびす新築記念祝賀会」に参加しました。この施設を運営する特定非営利活動法人高知県介護の会とは10年前以上からの親しい付き合いで、そのつながりもあり案内をいただいたものと思います。

 高知県介護の会との親密な関係は11年前に土佐中村郵便局に勤務したことから始まり、この法人は1999年県下で12番目に認証されています。当初は自主事業として宅老事業を行っていましたが、その後ヘルパーステーション、デイサービス、在宅介護支援事業、小規模多機能施設そして今回の有料老人ホームと、常にこの地域の高齢者生活支援サービスを充実してきた実績があり、役職員の熱心な取り組みに頭が下がります。

 祝賀会は市長、地元県議会議員をはじめ地域の方々が参加し、和やかな中に楽しい企画のあるものとなり、これもえびすでの付き合いで知り合った間六口さんの司会で進められ、促されて余興のカラオケで1曲歌うこととなりました。

 お開きの後は四万十町から参加した者と共に2次会に誘われ、久しぶりに中村のネオンを見ながらアルコールを口に。宿泊ホテルにはその日のうちに帰りつき楽しい夜となりました。

 

2011年4月29日 (金)

高知新聞社説は「ボランティア」

4月28日(木:朝起きて一番に行動することはビールジョッキに入れた水を飲みながら高知新聞朝刊を読むことで、この日の社説には「受け入れ態勢を強めたい・ボランティア」との記事が。

 記事の内容は、この東日本大震災への岩手・宮城・福島3県ではボランティア受け入れを御制限しているものの、供給過剰ではないはずと書かれており、多くの善意を生かせるようにすべき。震災発生から1カ月半を経過してもボランティアの希望がかなえられないことはおかしい、と結ばれています。

 この日の5面には「東日本大震災・笑顔取り戻す日信じて」、被災住民「下向かない」、「地元紙は大切な情報源」との活字が躍り、全国の地方新聞52社の使命が書かれています。しかしながら高知新聞の社説は評論的で、この震災を自分のものとしてとらえるためには現地に記者を常駐させて、近く起こるであろう東南海地震について、啓発や啓もうをするのもマスコミの役割だと思うのは私だけでしょうか。

 災害ボランティアセンターの役割や運営については、多くの経験や実践を通して高知県のみならず国内での指導的立場であるNPO高知市民会議Yさん高知県社会福祉協議会Hさんのブログは参考に出来ます。

 26日にはしまんと町社会福祉協議会として東松島市に2人目の災害ボランティアセンター運営支援に職員を送り、5月1日からは自分がこの地にボランティアセンター支援に入ることとなっており、社会福祉協議会職員から激励の餞別をもらった以上頑張ってこなければ。親しいものに言わせるとこのボランティアセンター支援で生きがいを感じ帰ってこないかもとの声も。

 5月の忙しい日程を目前にこの日はのんびり過ごすことに。ゆったりした時間は至福のひと時になりました。

 

 

2011年4月26日 (火)

社会福祉協議会第1回理事会に

4月26日(火:昨日と異なり昼間は暖かい日となりました。午後にはしまんと町社会福祉協議会第1回理事会に出席しました。今回の理事会は先月下旬に行われた評議員会の報告と提言について検討と話し合いを。社会福祉協議会経営や事業運営について積極的な意見が多く、さすが我が評議員会とうなずいたことでした。

 後半では自分が部会長である広報・企画部会と組織・運営部会を合同開催することになり、①職員研修、②地域支え合いネットワーク、③役員研修、④社会福祉協議会会費制などについて話し合いを行いました。理事会のみならずいろいろな会において積極的な意見が出されるのがわが社会福祉協議会の特性と思っています。

 また、理事構成や選出区分、リスクマネジメント・法令順守、スキルアップなど社会福祉協議会を地域にとって必要とされる組織にするための議論も活発です。住民を中心に役職員が連携しながら地域福祉の充実に取り組まねばと心新たにしました。

 最後に2~3月に行った「仁井田小学校区生活支援サポーター養成研修」の成果報告と、今月中旬に災害ボランティアセンター運営支援に訪れた職員から東松島市の状況報告がなされました。東松島市災害ボランティアセンター運営支援には明日26日より職員1名が、また5月1日からは自分が支援に入ることとしており、実体験を通して近く起こるであろう南海地震についてこの教訓を生かせる取組を行おうと考えています。

 東日本大震災における各地の災害ボランティアセンターの状況では、既に閉所しているところ、がれき撤去などに自衛隊や地元業者が入りニーズが減少しているところ、またニーズが増えて連休でのセンター運営を危惧するところなど様々で、自分たちが入ろうとしている東松島市はニーズが増加している模様ですが、ボランティアセンターのスムースな運営が求められそう。緊張感を持っての運営支援となりそうです。

そろそろ稲作の準備を

4月25日(月:晴れたものの風の冷たい1日となりました。高幡台地は稲作の準備の季節となり、朝から妻の実家の農作業に1日を費やしました。水田に水を入れてトラクターでの耕運は比較的楽なものの、この日は冷たい風が吹き寒さを感じながらの作業に。

 しかし稲作の準備が出来るだけ幸せで、東北地方では津波の害によって塩水が田んぼに入り中和して耕作が出来るようになるまで3年程度がかかるとか。また、福島第1原発周辺では農作物の栽培が出来ないばかりか、放射能による被害の無い地域も風評被害で農家などが東京電力や政府に補償を求めている状況です。

 5月に1週間宮城県に災害ボランティアセンター運営支援に入ることとなっており、今月には妻の実家の農作業を、そして来月中下旬には妻の実家・自宅の田植え準備があり、計画的に段取りをしなければと思っています。

2011年4月24日 (日)

鯉のぼりが空に

4月23日(土):朝方の雨も上がり昼前からは晴天になり気持ちのよい一日となりました。

 前夜の雨は2~3日前に種まきをした野菜には恵みの雨。ホームセンターから買ってきていたミニトマト・きゅうり・ししとう・ピーマンの苗を畑に植えたりしてのどかな時間を過ごすとともに、孫たちに鯉のぼりを上げる準備のため竹竿を切ったりして準備を。

 夕方には婿夫婦と孫を交えて鯉のぼりを上げました。今年夏に3歳となる孫は父親と共に鯉のぼりのついた紐をよいしょ・よいしょと引いて吹き流しや鯉のぼりが風に吹かれて空に舞いました。こんな場に立ち会うとお爺冥利に尽きます。間もなく5カ月になる孫も来年には鯉のぼりに興味を示してくれるかと思いつつ空を見上げたことでした。

 ニュースでは震災復興構想会議が行われ、参加した岩手・宮城・福島県知事からは現状を見据えての意見が出されたとか。まだまだ進行中である東電福島原発事故の終息が急務との意見も当然です。

 東日本大震災が発生して40日余となったものの、現地の状況はまだまだ過酷な状態とかで、災害ボランティアセンター運営等に災害発生時から関わっている高知県社会福祉協議会からの要請で宮城県東松島市にしまんと町社会福祉協議会からも今月中旬に職員を派遣し、26日からも職員派遣が決まっており、また自分も5月1日より1週間余災害ボランティアセンター運営の応援に東松島市に行くこととしました。

 過去の高知県西南豪雨水害や窪川町内水害で災害ボランティアセンター運営に関わり、高知県ボランティア・NPOセンター運営委員で災害ボランティアセンター体制づくり検討委員会委員として、また多くの災害ボランティアセンター立ち上げの実践講座を経験した中から今回の東日本大震災への関わりを強く意識したものです。

 災害ボランティアセンター運営に関わることは目的の一つではありますが、被災した人々や地域のことを深く知りたい、それらの気持ちを活かす災害ボランティアセンターの役割や必要性を実感し、想定されている南海地震に備えるための教訓を得たいなど数多くの思いを抱いて現地に入りたいと思っています。

 これまでの震災などでは2カ月程度で災害ボランティアセンターが閉所されましたが、この度の震災では4カ月、半年になるかもしれません。その意味では息の長いボランティアセンター運営と積極的な支援が必要と思われます。

 東日本大震災災害ボランティアセンター等の状況は現地で活動した二人のブログからも様子がうかがえます。「水に危ない男の独り言」と「半ちゃんノート」です。

 

 

2011年4月19日 (火)

初の防火訓練

4月17日(日):7時半スタートで四万十川一斉清掃の日。私たちの地区は四万十川の支流である仁井田川にかかる根々崎橋の上下流を清掃することとしており、約20名が参加し不法投棄したごみや岸に流れ着いている不燃物などを拾って使用済みの肥料袋等で回収しました。

 回収したごみは町のごみ収集のルールに従って分別をしてみると、ビニール袋に30数個で、袋に入らないタイヤや大きい金物などがあり、不法投棄の多さに腹立たしい思いです。集められたゴミは建設協会のダンプカーで清掃センターに。

 9時からは3月に設立した「辷道・根々崎地区自主防災会」の第1回事業である防火訓練を自宅前で行い、両地区から30名余が参加しました。四万十清流消防署の協力を得て、今年6月より設置義務が生じる火災警報器についての周知に続き、消火器の使用方法を学ぶとともに実体験を。

 続いては自宅前の消火栓を使用してホースをつなぎ、参加者が放水して実際の消火訓練を行いましたが、男性では3~4名での作業となり、女性のみなら5~6名がいないと放水まで行うことは難しく、定期的な訓練をしなければと思ったことでした。しかし、自主防災会を設立し、防火訓練が出来たことは大きな一歩。地域のことは地域で守る、そして地域の課題は地域で解決に取り組むなど風土の醸成に引き続いて取り組んで行きたいと思います。またこの場には窪川警察署警備課長も参加いただき、南海地震等への備えについての周知もされました。

日帰りで島根・鳥取に

4月16日(土:5月に予定されている「四万十町障害者連盟親睦旅行」の下見に朝4時出発。一泊二日の旅行の下見を1日で行うもので、今回は島根・鳥取を予定しいており、高梁サービスエリアで朝食を摂り、本番で予定している出雲大社には10時過ぎに到着し境内のバリアフリー状況を確認。

 続いてすぐ近くにある㈱島根ワイナリーに移動して下見よりワインの試飲を。ここは過去に多く訪れており、売店のお姉さんとは名前で呼び合う仲に。というのは冗談ですが。自分にお土産でワイン「MARIE」を買うことに。

 次は宿泊場所探しで松江市をあちらこちらと。最終的にたどり着いたのが「ホテル一畑」で、ほぼここに決めようと話し合いながら帰途につきました。

 次に訪れたのが大根島にある「由志園」で、ここはボタンの名所となっており、今月下旬からはボタンまつりが開かれるもようですが、今年の冬の寒さの影響か開花が遅れているようで、旅行本番の5月13・14日ごろには満開かも。

 続いては昨年NHK朝ドラで有名となったゲゲゲの鬼太郎発祥の地「ゲゲゲの鬼太郎通り」を車窓から眺めると、多くの観光客がいて、テレビの影響の凄さを思い知らされました。10数年前に訪れたときには閑散としていた通りが今では賑やかになっており、地域が生き返った様子でした。

 せっかくの機会だったので境港水産物直売センターで閉店間際の割引料金のカニと一日干しのスルメいかを買って帰途につき、帰宅は22時前になったものの、有意義な1日となりました。快い疲れがあるもののパソコンに向かう余力もあり、グーです。

市町村新採用職員研修に

4月15日(金:午前は、いの町にある県立高知青少年の家での平成23年度県内市町村新採用職員研修(Bコース)に講師で参加しました。今年県内で採用された市町村職員は300名弱で、4日間の研修が3回に別れて行われ、今回のコースは81名が参加していました。

 私の担当するカリキュラムは「協働を考える」で、県内のNPOと行政との協働事例を基に講義を行いました。内容は過去5年間で行ったNPOと高知県との協働推進事業の評価や、真の協働は市町村段階でとの持論から四万十町での取り組み事例や、住民協働が比較的スムースに運んでいる中土佐町の事例を挙げながら話をさせていただきました。

 地域のNPOを知ること、その活動を知ること、そして活動に興味を示し参加すること、これからの地域づくりやまちづくりの基本は「協働」にあると確信していると投げかけました。

 午後は予定が無くなって高知市での用務に時間をさき、夕方早目に帰宅しました。気がつけば4月も半ばになり、やっと暖かさを実感することに。畑のホウレンソウも大きくなって早く食べてねと言っているようです。

2011年4月14日 (木)

公募委員を選考

4月13日(水):沿道の桜の木は葉桜となり、季節の流れが速いことを思わされます。午前は高知県職員能力開発センターでの「新しい公共支援基金運営委員会公募委員選考会」に出席しました。

 これは、県が国からの交付金による基金を活用して、経営や資金調達、情報発信など、多くのNPOがもつ課題を解消するための支援を行い、活動基盤を強化する「新しい公共支援事業」を、平成23年度から行うもので、この事業内容の検討等を行う機関として、高知県新しい公共支援基金運営委員会を設置するため委員の公募がなされ、この度選考委員会となったものです。

 県よりこの選考委員会の委員長を依頼され、既に応募があっている方の応募用紙への記載事項と作文を選考基準に基づいて審査を行いました。5つの審査項目について他の選考委員と共に採点を行いましたが、この委員の選考は私たちも試されていることと同じと実感しました。公募委員は2名を選考するとのことで、応募者2名を選び会を終了しました。

 5月には高知県社会貢献活動支援推進会議委員である私たちと公募委員で「高知県新しい公共支援基金事業運営委員会」が発足することとなっており、国は3月末に高知県に対して131百万円を予算配分していますが、この基金を活用する事業運営がこの委員会の役割となります。

 私が興味を示しているのが、NPOと市町村行政との協働推進事業で、地域における新しいモデルに進めばと。15日にはこうち人づくり連合から市町村新採用職員研修の講師を依頼されており、その研修内容は「協働」がテーマとなっていて、活動事例や持論を話させていただきます。

 

県議選挙も低投票率に

4月10日(日:天候に恵まれて正に選挙投票日和となりました。高知県議会議員選挙の高岡郡選挙区は前回は無投票であったのに、今回は定数4議席に現職3名、新人3名の激しい選挙に。

 となる予定だったのに、3月の東日本大震災によって選挙も自粛の運動をとの声も出てスタート時は静かな選挙戦となりましたが、きちんと政策を訴えない選挙はいかがなものかとの意見が出始め、選挙カーでの訴えなどが聞こえ始めたものの、広大な選挙区に6名の候補者が選挙運動を展開しても浸透は難しく、終始盛り上がりがが感じられない選挙になりました。

 近くにある投票所には孫の自転車を押して投票に。天候は良く、桜の花も散り始めているものの春らしい陽気になりました。

 夜間は選挙の開票立会人として会場である四万十町農村環境改善センターに出向いて開票事務に立ち会いました。四万十町におけるこの選挙の投票率は64%弱で、関心の低さを残念に感じました。有権者の3分の2にも満たない投票というのは議会や議員に対する不信感の表れなのか。民主主義社会の選挙制度のひずみなのか。心配な現象です。

 名古屋市や阿久根市、隣の黒潮町などでの現象に見られるように、議会や議員不要論が全国各地でささやかれ始めたことは事実で、議会の存在が問われる時が到来したと言えるのでしょうか。各地で議会基本条例や自治基本条例が制定される中、住民・議会・行政の役割分担の確立とそれぞれが積極的に参加参画の取り組みを進めなければならない時代に入ったとも言えます。

障害者連盟花見に

4月9日(土):親しく付き合いをさせていただいている四万十町障害者連盟の花見に参加しました。大正老人福祉センターでの総会を兼ねての花見には70数人余の障害者連盟会員やボランティアらが参加し、昼食を兼ねて和やかな交流がなされました。東日本大震災で自粛ムードが漂う中での花見ですが、やってよかったと思います。会場の片隅には大震災への義援金箱が設置されたり、災害への備えについて話がなされたり有意義であったと思います。

 終了間際からボランティア仲間と会場を出て、この日に大祭が行われているという大正打井川の「馬の助神社」に足を運ぶことに。国道から6~7Km入った馬の助神社は舗装もされていない山奥にあるものの、ここ数年有名となり、神社にはゆかりの方々が建立した新しい鳥居や、樹木で形作られた河童の造形物が並べられ、不思議な光景を醸し出しています。

 また、これより足を延ばして旧打井川小学校後に足を運ぶことに。この小学校体育館は海洋堂の「四万十ホビー館」として今月末にオープンする予定だったものが、東日本大震災の被災地などに配慮して7月9日オープンに延期となっています。ホビー館の外装や駐車場などは仕上がっており、周辺だけでも見ようと訪れたのでしたが、この工事に関わっている知り合いのコンサルタント会社の責任者がおられ、工事中のホビー館の内部を見学させていただくことになりました。

 体育館内部には大きな帆船が作られ、その船内や周囲にはホビーなどを展示するケースが用意されており、聞くところによると展示するフィギアは既に準備されているとか。道路を挟んで一段高い場所には地域活性化センターが新築されており、この複合施設の活用に関心が高まるところです。町中心部からのアクセスが十分で無いなかでの試金石として興味深いものもあります。

2011年4月 7日 (木)

ふくし大会反省会を

4月6日(水):暖かくて春らしい天候になりました。桜はすっかり満開となり入園・入学式には花を添えてくれます。

 朝のうちは区長として10日投票の県議会議員選挙広報配布に自転車をこぐと気持ちよい風が。高岡郡選挙区は前回無投票で、今回は町村合併後最初の選挙で8年ぶりになります。

 午後は社会福祉センターで「四万十町社会ふくし大会2011」反省会が行われ出席を。この会は2月27日に開催された『四万十町社会ふくし大会2011~生きる~・第11回当たり前に暮らすこと~笑いと健康~「いのち大切・こころ健康」』の主催団体で行ったもので、町・社会福祉協議会・Doネットワークなどから関係者が出席して成果や課題について話し合いを行いました。

 協議事項は、ふくし大会の振り返りが主なもので、事業実績やアンケート結果を中心に話し合いが行われましたが、一昨年前まで当たり前に暮らすこととふくし大会が別開催だったものを、昨年から合同開催としたものの、今年に限って言えば相乗効果が実感できないことも事実で、この催事そのものへの不安も提起されました。

 「福祉」に対する位置づけや思いが住民からは狭くとらえられていないか、また主催者側も従来手法や固定観念でこの事業を考えていないかなど反省時期に来ていることは事実で、住民主体の地域福祉活動へのステップに繋げるものとして大いに工夫が必要と感じました。3.11東日本大震災を教訓に地域の支え合いや自治、そして福祉を考え行動に移せる福祉啓発・地域づくり事業に発展しなければと。

 3.11東日本大震災発生後すぐに岩手県大槌町に入った知人のブログ「水に危い男の独り言」を見ると悲惨な状況が克明につづられており、じっとしておれなくなります。県社会福祉協議会からの要請でしまんと町社会福祉協議会職員が11日より宮城県東松山市に災害ボランティアセンター運営支援等に派遣されることになりました。長期化が予想されるこの災害ボランティアセンターや社会福祉協議会支援には全国レベルで取組が必要で、自分もそのうちに出番があるかも。

2011年4月 4日 (月)

四万十川沿いは桜が見ごろに

4月2日(土:自宅の畑わきにある桜も数日前から咲き始めたものの、平年から言うと10日余りの遅れになりました。

 用事があり大正地区に出かけましたが、途中の四万十川沿いは桜が見どころになっており、3日の日曜日に開催予定だった「第3回四万十町桜マラソン」が行われたならば最高の状態だったにと残念な気持ちにも。

 大震災にあった東日本に配慮して各種イベント等を中止したり延期したりすることも理解しながら、自粛ムードで気持ちが萎えたり経済の低迷を招くことはいかがかとの意見も分かります。西日本が元気で「日本がんばれ」の原動力にならねばと思うのですが。

辞令交付式を

4月1日(金:8時半から窪川児童福祉協会の辞令交付式を行いました。今年度は新規採用職員は1名で、異動となった正職員12名と1年間雇用の臨時職員12名に辞令の交付を。子どもたちや保育所を巡る環境は日々変化しており、向上心を持って子育て支援に取り組んで欲しいと挨拶したことでした。

 辞令交付式後は窪川児童福祉協会事務局長の異動もあり、役場や4か所の保育所に挨拶と激励に伺いました。各保育所にはお困り保育としてすでに3分の1程度の乳幼児が保育されており、年間通して保育の必要性を実感したものでした。

 9日間にわたる県議会議員選挙が告示され、この高岡郡選挙区は前回の無投票から一転して8年ぶりの選挙となりましたが、東日本大震災の影響を加味して選挙活動の自粛申し合わせがされているとかで選挙カーの声がほとんど聞こえず、選挙民にとっては各候補の政策を知る手段が狭められています。

 この日の高知新聞「声・ひろば」の欄に先だって仁井田小学校区で行った「生活支援サポーター養成研修」参加者の投書が掲載されていました。要旨は「社会福祉協議会主催の研修に地区民約50名が参加し、地域の課題を地域で解決するよう力をつけようとするもので、誰もが住みやすい、暮らしやすい、楽しい地域社会づくりを目指したもの。今回の研修中には東日本大震災が起こり、あらためて地域の課題を認識した。限界集落への道のりも遠くないなか、2年後の高速道開通で若者定住の暮らしやすい地区に蘇生したい。」と結ばれていました。

 この養成研修を主催し、講師として関わったものとしては有難い投書で、今後も地域福祉のために住民参画の活動を進めなければと嬉しく思ったことでした。夕方からは統一地方選挙に立候補予定の友人を激励に宿毛市に。彼は在職中には私と同じ仕事をしており、また福祉活動にも積極的で、現在も障害者支援の活動に取り組んでいます。是非当選して障害者福祉や地域福祉の前進に活躍してほしいものです。

 

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