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2011年3月31日 (木)

東日本大震災の影響が

3月28日(月:午後は県庁での「第21回草の根交流サミット高知大会」第3回実行委員会に高知県西部NPO支援ネットワーク理事長の代理出席しました。

 この事業は国際草の根交流センターが中心となり行われるもので、6月28日から7月4日の予定で県内各地で取り組むこととなっています。

 しかし、ここにきて東日本大震災による影響で実施について話し合いを行うこととなりました。日本の受け入れ側のみならず、訪問されるのアメリカ側にも今回の交流サミットに暗雲が。この時期だからこそという意見もあり、基本的には開催を準備しつつ4月下旬の最終申し込み状況で判断をしようということで閉会となりました。

 大震災のは世界各地にも影響しており、とりわけ原発事故については世界中の問題になっています。東京電力や政府の対応に批判があるものの、原発を推進してきた前政権や事故の隠ぺい体質が明らかな電力会社の動きも見えずいらいらします。

2011年3月28日 (月)

知人から被災地の状況が

3月27日(日):高知新聞朝刊には東日本大震災の記事の中に、「本県から被災地へ」と題して知人である山崎さんが「今回で11回目となる被災地支援となるものの、岩手県大槌町では社会福祉協議会の建物の跡かたも無く、幹部も不明に。今回の教訓を南海地震到来に備えねば。8日間の災害ボランティアセンター立ち上げなどの活動を終えて高知に帰ります」と。

 また黒潮町役場友永さんは、約10日間の活動を終えて帰るにあたって「今回の体験は、基礎自治体間の支援を考えるきっかけとなった」と。機敏な黒潮町の活動に頭が下がります.

 午前は区長として行政関係文書等の配布を地区内29世帯に。今回は先だって組織した「辷道・根々崎地区自主防災会」についての周知も兼ね、多くの周知文書と共に回覧文書も。

 夕方には高知県庁への2年間の出向を終え、今月末で中土佐町に帰ってくる娘の荷物を取りに高知市に。宅配便で粗方の荷物が届いていたものの、ワゴン車はふとん・自転車・ゴミなどでいっぱいに。

生活支援サポーター養成研修が終了

3月26日(土:午後は2月19日から始まった「仁井田小学校区生活支援サポーター養成研修」の最終回で、前半は第1回・第5回研修に引き続き講師を。今回はワークショップで、『「地域でできる支援プログラム」を企画してみよう』と題して、過去2回のワークショップで出された地域課題や地区で取り組みたいことを解決や進めるための方法などを各グループごとに話し合いました。

 多くのグループでは日頃地区内の交流が少ないことを解決しようと、声かけや地区の催しの計画などユニークな企画がなされるとともに合い言葉(目標)や次のステップまで話し合いを。また、仁井田地区全体の取り組みとして地区民運動会を復活させたいなどとの積極的な声も出され、生活支援サポーターとしての役割が現実になりそうな雰囲気に。

 この中で、それぞれが実感していただいたことは、同じ地区に住みながら日頃は話をする機会や地区の現状や将来を考える機会は少なく、この場が地区のみならず校区全体でのコミュニケーションが出来た場になったとも言えます。

 7グループからは地区の取り組みについて積極的な発表があり、成果物であるペーパーを中心にして社会福祉協議会会長も入って記念撮影がなされ、その後には各人に修了証が手渡されました。

 

 後半の講座ではおなじみの間六口さん(土佐のおひねり一座代表)のお楽しみ爆笑講演「自分らしく、楽しく生きる」があり、日頃の暮らしや社会を取り巻く状況を題材にした漫談がなされ、会場は笑いの渦に。その中でも笑えない話題もあり、少子高齢・過疎を乗り切ることへのヒントも示され、参加者はうなずきながら聞きいっていました。

 この講座は今年度最後となったものの、四万十町全域での生活支援サポーター養成には程遠いもので、来年度以降町内全域に発展させるための具体的な取り組みが必要と感じました。そのためには社会福祉協議会の事業を効率よいものとするばかりかフレキシブルなモノとしなければを感じたところです。

県社会福祉協議会評議員会に

3月25日(金:午後は県立ふくし交流プラザでの高知県社会福祉協議会第157回評議員会に出席しました。この評議員会は22年度一般会計・特別会計の補正予算、23年度事業計画・収支予算で、原案通り決定されました。

 この評議員会の中で、東日本大震災の対応について質問がなされ、近畿・中国・四国ブロック内の社会福祉協議会は宮城県に応援に入ると報告がされ、すでに先遣隊として職員が派遣されていて、継続して現地支援のために市町村社会福祉協議会にも派遣要請を予定しているとのことです。この段階で既にが東松島市に入っており、引き続いて第3・4グループ派遣が決まっているとのことです。第1グループで派遣されていたTさんや現地の様子はブログ「半ちゃんノート」に書かれています。

 夜間は窪川に帰り、しまんと町社会福祉協議会の団体交渉に出席し、継続となっていたホームヘルパー賃金単価や移動等に係る損耗費について話し合いを来ない、賃金については合意をし交渉を終了しました。

2011年3月25日 (金)

四国のNPOセンター連絡会を

3月23日(水):朝は氷が張るくらいの冷え込みになり、彼岸過ぎたのにと独り言を。

 午後開催の会議のために高知市に出かけ、回転寿司店で昼食ののち高知市市民活動サポートセンター会議室での「新しい公共支援事業に関するNPO支援センター連絡会」に出席しました。この会議は平成22年度補正予算として成立した国(内閣府)の「新しい公共支援事業」を四国内で連携して効果的に実施するために四国内の各NPO支援センターと、各県担当者を交えた意見交換会として開催されたものです。

 各県からはNPO中間支援組織役員と各県担当者が出席したものの、香川県は事情があって県担当者のみ。高知県の参加者は県社会福祉協議会、高知県ボランティア・NPOセンター、NPO高知市民会議、高知市市民活動サポートセンター、高知県西部NPO支援ネットワーク、高知県県民生活・男女共同参画課の担当者です。

 会議の内容は平成23・24年度の行う「新しい公共支援事業」についての各県の意見交換で、この事業を実施する中からNPO活動の基盤整備にどう取り組むのかが焦点ですが、国が示している事業内容と各県とのギャップや四国4県の事情もあるものの、各県に1億数1千万円が交付金として示されるなか活用に苦慮していることも事実。

 NPO支援が進んでいる高知県の事情を言うと、今回国が示している事業の多くは既に取り組んでいるもので、既に行われている事業には適用されない条件は厳しいこともあります。今後も四国の各県やセクターが情報交換や意見交換を積み重ねながら市民活動の活性化に取り組むことを確認して閉会しました。この会に出席した香川県の職員は過去に高知県庁に人事交流で来られていた方で、久しぶりの再会を喜び合いました。

 夜間の会議までに、特定非営利活動法人土佐の国笑いと癒やし事業団理事長から県西部での活動展開に向けての相談が。このNPOは有償ボランティアとして県内各地に笑いと癒やしを出前しているとか。笑いと健康は人生に欠かせないもので、この取り組みや活動は県下各地に広がっています。現に私たちも10年前ぐらいから旧窪川町で実践中。

 夜には「高知県ボランティア・NPOセンター第45回(2010年度第3回)運営委員会全体会」に出席しました。この会は今期(2年の任期)最後となるもので、2010年度事業の評価・振り返りののち、2011年度事業計画を確認するとともに、国の「新しい公共支援事業」の展開についても議論を行いました。国や自治体が「協働」を掲げながら地域力や住民力の向上に旗を振ってはいるものの、まだまだ課題や問題は山積しており、この克服が今後の地域活性化や地域維持に大きく影響することは確実です。

 会議終了後には最後の全体会でもあり、懇親交流会が行われ参加しました。4月からは新しく高知県ボランティア・NPOセンター運営委員の任期(2年)が始まることになっており、企業選出の委員として高知銀行からは新委員の紹介があり、この方は四万十町窪川出身で私がお世話になっている団体のご子息で杯交換を重ねることに。遅い時間に始めた懇親会は1次会で終了し、この3月で出向していた高知県庁から所属の行政に帰る娘の自宅で宿を借りることに。引越しの準備をしている娘の姿を気にせず布団にもぐりこんで意識不明に。

 

2011年3月23日 (水)

社会福祉協議会理事会に

3月22日(火):午前からしまんと町社会福祉協議会の今年度最後の理事会に出席しました。この理事会は就業規定の改正や3月補正予算に始まり、新年度の事業計画・予算案が主な議題で、昼食を挟んでの会議となりました。

 町村合併してから5年がたち、大きく一歩を踏み出さなければならないにも関わらず、課題を抱えたままの現状は私たち理事にも多くの責任もあり、この理事会では厳しい意見や議論を。

 住民福祉を唱えつつ言葉だけに終わっていることもありはしないか、行動が足りていないではないのかと自問自答しながら新しい年度に踏み出すことになりそうです。新しい年度こそ社会福祉協議会の有用性を実感していただく活動展開が出来ればと思います。

 夜遅くインターネットを開いてお気に入りで見たブログ「半ちゃんノート」には東松島市でボランティアセンター支援の様子などが書き込まれていて、小学生も活躍する模様が。半ちゃんと交代に23日には高知県ボランティア・NPOセンター所長が東松島市に出かけます。体に気をつけて頑張ってきてください。

 22日の高知新聞の記事でも、黒潮町役場総務課消防防災係Tさんの活動報告が掲載されており、フレキシブルな黒潮町の取り組みに脱帽です。

2011年3月21日 (月)

自主防立ち上げを

3月20日(日:午前はかねてから準備していた隣の地区と合同で自主防災組織の設立総会を主ないました。

 35世帯の辷道・根々崎地区で準備委員として設立に取り組んできた結果、この日の「辷道・根々崎地区自主防災会」の設立になりました。総会の参加者は委任状を含めて6割で、会則を決めたあと役員の選出を行い、会長・副会長・防災委員の6名役員が選ばれました。今年は辷道地区区長でもあり、2年間の防災会会長を引き受けることとなりました。

 当面の取り組みとして、防災倉庫や消火栓ボックスの設置場所選定や4月の防火訓練に向けて準備することとなります。津波が無い地区と言っても東北関東大震災を見たとき、備えのしすぎは無いはずです。万一に備えての自主防を確立していきたいものです。

 先日に災害ボランティアセンター立ち上げに東北に入った県社会福祉協議会Hさんは東松島市で活躍中で、その様子は彼のブログ「半ちゃんノート」に書かれています。また20日の高知新聞では応援に入っている黒潮町役場Tさんと四万十市四万十塾Kさんの記事も。この二人とも知り合いですが、健康に気をつけて頑張ってほしいものです。外は久しぶりの雨で目を出した野菜には恵みとなりました。

2011年3月20日 (日)

第4コーナーに

3月19日(土):昨日は彼岸の入り。段々と暖かくなってきました。

 午後は「仁井田小学校区生活支援サポーター養成研修(継続研修Ⅱ)」で、この研修もすでに5回目となりゴールは目前に。

 今回は町地域包括支援センター職員の進行による「地域支援マップ」づくりから始まりました。各地区で構成されたグループでは地区の地図をテーブルに広げて、独居老人世帯・高齢者世帯・空き家・同一敷地内世帯・気になる人・生活支援サポーター・特技を持つ人・民生委員や区長宅などを地図上に落とし込んだり、地区の目印や資源を記載して仕上げることに。この際には各テーブルでは席を立ち、わいわいがやがやと。

 後半では自分が進行役となって地図に落とし込んだものをもとに課題の抽出と、初回ワークショップで出された地域の課題と不安なこと、自分が出来ること・やってみたいことを整理して新しい摸造紙に「取り組む課題・したいこと」などを優先順位をつけてポストイットで表示を。

 次回はこの課題やしたいことなどを具体的に進める手法に取り組んで生活支援サポーターの活動展開の材料にしたいと思っています。毎回50人ほどが参加いただき、次回は最後のワークショップと終了式、そして間六口さんの講演「自分らしく、楽しく生きる」が予定されており、無事に終わることができればと思っています。

 東北関東大震災は発生以来9日目となり、町・県をはじめ社会福祉協議会などあらゆる機関や組織が支援体制を構築して復興支援に取り組みはじめました。四万十町でも町が支援物資の提供を呼びかけ、しまんと町社会福祉協議会は義捐金の受付を始めており、支え合いが広がっています。私たちが出来ることを被災地につなげようではありませんか。

 

2011年3月19日 (土)

大震災から1週間

3月18日(金:午後は社会福祉協議会臨時職員採用試験試験官に。2名の採用予定に10名ほどが応募され、慎重に面接での選考を行いました。いつも感じることは採用試験の試験官の難しいこと。臨時職員とは言え、応募者の生活はもちろん、社会福祉協議会の運営にも大きく影響をもたらすからです。

 この日で東北関東大震災から一週間が過ぎました。悲惨な被害地の状況が毎日報道され、自分もすっかり被災家族となった気がしています。私たちの出来ることと言っては、当面は募金活動で、今週初めに四万十町社会福祉センター内に募金箱を設置しました。また、いろいろな場での募金活動が始まりましたのでぜひご協力をいただきたいものです。

 被災地へのボランティア活動は当面受け入れを行わないとのことですが、全国の災害ボランティアのリーダーは調査を兼ねて現地に入っています。高知県内の災害ボランティアリーダーのNPO高知市民会議理事Yさんは既に現地に。また高知県ボランティア・NPOセンター前所長のHさんらも3日前から現地に。

 この度の大震災災害ボランティアに関する情報等については高知県ボランティア・NPOセンターのHPでご覧下さい。また、前高知県ボランティア・NPOセンター所長のブログ「半ちゃんノート」からは現地の状況が窺えます。自分にも高知県ボランティア・NPOセンター運営委員や、しまんと町社会福祉協議会役職員としての災害ボランティアセンター運営に参加要請があるかもと思っているこの頃です。

 

2011年3月18日 (金)

年度末の理事会を

3月16日(水):午後は代表を務める窪川児童福祉協会の今年度第5回理事会を開きました。今回の主な議事は補正予算、23年度事業計画・予算案、就業規則改正、定款変更そして来年度に向けての人事案件などで、原案通り決定をいただきました。

 理事会の前後では東北関東大震災について話が弾み、保育所はどうだっただろうか?、もし自分たちの保育所で地震があった場合はどう対処できるのかなど、我が法人の危機管理を今一度チェックしなければと感じました。

2011年3月16日 (水)

大奈路校区サポーター養成研修を修了

3月15日(火:早めに昼食をとり、大奈路集会所での「大奈路校区生活支援サポーター養成研修(継続研修Ⅲ)」に参加しました。この研修も今回が最後で平日の午後開催にも関わらず10数名が熱心に参加いただきました。

 今回の前半は私の進行によるワークショップで、1回目・2回目のワークショップを基にして『この地域で安心して暮らしていくために~地域で出来る支援プログラムを企画してみよう!~』に取り組みました。

 グループは下津井・大奈路の2グループで、それぞれがこれから地区で具体的に取り組める企画や課題解決方法を額を寄せ合って話し合いが行われ、前向きで実行に移せる企画が仕上がりました。

 大奈路地区は目標(合言葉)を「ささえ愛」として、2か月に1回開催している生きがいサロンを毎月開催として、そのうち1回は地区の生活支援サポーターなどによる自主運営を行うこととなりました。大奈路地区の優先課題である「近所の支え愛」「高齢者の孤立化」解決に取り組もうとする意気ごみを感じました。

 また下津井地区は合言葉を「みんなで生き生きやるしかない!」として、休校になっている下津井小学校を地域活性化のための利活用法としてジャズ喫茶などにしたい。そのためには6月の「下津井ほたる祭り」でアピールやリサーチをして具体的に取り組みたいとの積極的な意見が出されまた。地域づくりに私が関わり中土佐町大野見北地区振興会と矢井賀を良くする会がすでに取り組んで成功している「喫茶・モーニングサービス・市」でもあり、下津井の特性を活かす者になれば必ず成功するものと確信します。

 地域や地区の課題は多種多様ですが、一緒に考え地区の中から答えを見つけ出すことの重要性が理解できたのではと。課題解決のヒントは外から得ることができたとしても、答えは地域や地区にあると自分が訴えてきたことが満更ではなかったとホッとしました。

 後半は土佐のおひねり一座座長である間六口さんの「自分らしく、楽しく生きるために」の題名での講演がなされました。間さんとは旧中村市で勤務していた時からの知り合いで、当時から多種多様な芸の持ち主でした。

 今回は講演とのことでしたが高齢社会や地域の支え合いが必要な社会状況を題材としてユーモアたっぷりに漫談調にそして軽妙な語り口に参加者は笑いの渦に。この中で間さんは、高齢化社会を生き生き生きるためには4つのポイントがあると。

 それは、①くよくよしない(生きがいを持つ)、②ピンピンころりを目指す(笑いは心のサプリメント)、③友達(友人)をもつ、異性に関心をつ、④感謝感動のプラス思考で生きる・・・ことが重要と話されました。

 このサポーター養成研修では3回にわたってワークショップの進行をして若干の疲れも。しかし、地区の方々が目指すものを自分たちで話し合ってその課題を共有したことは大きな成果と思います。社会福祉協議会としてフォローアップする仕組みづくりを構築しなければと思います。

 社会福祉協議会本所事務所に帰り、会長・事務局長と打合せに時間をとり帰宅は19時半に。入浴・晩酌・夕食で単純にも至福のひと時を過ごしました。

2011年3月13日 (日)

東日本大震災の悲惨さにくぎ付け

3月12日(土):11日に発生した東北地方を震源とする大地震による津波等のテレビ報道にくぎ付けになり午前が過ぎました。想像を絶するほどの津波の傷跡に声も出ず、家族一同テレビに見入るだけでした。被災地の方々に心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。

 午後は「第4回仁井田校区生活支援サポーター養成研修」に参加。参加者とは前日の地震のニュースが挨拶代りに。今回は町地域包括支援センター職員による「介護保険制度」と「介護予防」についての講演と100歳体操などの実技指導があり、体を動かして介護予防の体験実習を行いました。

 後半では身体障害者療護施設の支援係長による「障害について理解を深めよう」のテーマで講演がなされ、身近なバリアフリーについて問題提起が。生活をしている地域や施設での障害者の不自由さを常に感じながら暮らさなければと反省と気づきも。

 夜には再び、東日本大震災の状況をテレビで遅い時間まで見ることになりましたが、時間が経つほど惨状が報道され、自分たちも被災者になった気持ちになりました。津波・火災・崩落に加え、多くの人命が失われた状況や、町の人口の半数以上が消息不明の報道には言葉がありません。

 また福島原発事故による対応はもどかしく、危機管理マニュアルが機能しているかと疑いたくもなります。地震における生存は災害発生後72時間が生死の境と言われています。各機関が総力を挙げて取り組んでほしいものです。

2011年3月12日 (土)

東北地方太平洋沖地震が

3月11日(金:朝は時雨となり時折雪が舞って寒いことになりました。しかし、昼前からは日差しもあり風があり少しは寒いものの晴れの陽気に。

 午後には定期的に受診しているクリニックに行って診察を受け薬屋さんに行ったところ、自宅から隣町に住む一人暮らしの叔母の元気がないとの連絡があり、そのまま叔母宅を訪ねたところ、いつもの元気はないものの、夕食の準備がされていて深刻な状況はなく、ひとまず安心して帰途に。しかし、高齢者の独り暮らしは今後の大きな課題となることを実感しました。

 現在社会福祉協議会が行っている生活支援サポーター養成研修がどう地域や社会に有用性があるのか検証しつつ取り組まねばと思ったことでした。

 午後3時前に東北地方太平洋沖地震が発生し、太平洋側の多くの都道府県に大津波警報や津波警報が。データでは震度7、マグニチュード8.8とのことで、日本では過去に無かったレベルとか。

 時間を追うごとに東北地方を中心に地震と津波の被害状況が明らかになり、想定される南海地震を重ねて思うと大変なこととショックを受けました。と隠岐離れている

 時間を追うごとに東北地方を中心に地震と津波の被害状況が明らかになり、想定される南海地震を重ねて思うと大変なこととショックを受けました。遠く離れている高知県沿岸は当初「津波警報」だったのに、夜間となって「大津波警報」に切り替えられて、須崎市で21時前には2.6メートルの津波の報告が。

 須崎市には多くの知人があり、心配しつつテレビのニュースを遅くまで見ることに。また、千葉に住んで東京で勤務する親友の安否が心配で携帯電話にコールするものの、携帯電話のメッセージは「電波が入っていないか電源が入っていない」とのこと。自宅に連絡すると凄く揺れたけど異常は無かったとのことで一先ず安堵を。

 テレビでは時間を追うごとに悲惨な状況が」報道され、正に南海地震を想定する出来事でもあります。自助・共助・公助の取り組みの考え方を実感しつつ自主防災組織の活動を展開しなければと思ったことでした。

幼保連合会総会に

3月10日(木):比較的穏やかな1日となりました。午前の早い時間は社会福祉協議会と児童福祉協会の用事で各事務所に。午後は自由な時間を気持ちよく過ごしたのち、夕方からは四万十町幼保連合会総会に出席しました。

 この四万十町幼保連合会は四万十町で勤務する幼稚園・保育所職員で構成されており、研修等を通して子育て支援のレベルアップをはかることを目的とし開催されたもので、窪川児童福祉協会会長として来賓挨拶に案内されたもので、会場の大正公民館には幼保関係者ら約100人が出席し行われました。

 挨拶では日頃の連携に謝辞を述べるとともに、子育て支援は私たちや高齢者へのサービス拡大にも大いに関わりがあると話させていただきました。子育て支援の表面のみならず、背後にある課題解決に関わっていることも理解していただきたいと思ったことでした。

2011年3月 8日 (火)

風の寒い日に

3月8日(火:昨日に続き、霜が降りて寒い朝になりました。午後は大奈路集会所での「生活支援サポーター養成研修(継続研修Ⅱ)」に参加しました。

 今回は町保健師による介護保険・介護予防についての講義で始まりました。11年前にスタートした「介護保険制度」は見直しを行いながら2年前から第4期が始まっていますが、まだまだ十分な制度理解がなされていなことを懸念して今回の講義が行われ、生活支援サポーターに学習いただきました。

 また今日の研修②では、「地域の活動を知ろう」をテーマに、大正地域で自主活動を行っている5団体から活動発表がなされました。大奈路ふれあいサロン・宅老所(東山)・いきいき百歳体操(大正公民館)は女性がリーダーとなって長期間にわたり地域になくてはならない活動となっています。しかし、どの活動も後継者不足が悩みとか。

 また、大正中津川地区で活動している民生児童委員からは、1日で出来る水道検針を3日間かけて行うことにより地域の見守りが出来ていると。また、金融機関が遠く高齢者などは往復1260円のバス代を使って年金の引き出しを行っているなど、不便なことで生活に支障があるとの報告も。また、下津井地区では祭りやイベントなどの継承に後継者不足から不安材料もあることが話されました。

 研修③では、前回に意見や課題出しを行った資料をもとに、「この地域で安心して暮らせるために~地域の不安や課題について考えよう~」のテーマで再び課題の出し合いを行った後、2グループに別れた中で課題等解決についての優先順位をつけ来週行う最終回のワークショップに繋げることとしました。この地区内の高齢化率は42%で、一番高率の集落は68%となっており、支え合いの仕組みづくりが出来るかも心配となりますが、知恵を出し合いたいものです。

2011年3月 6日 (日)

夜は楽しい飲み会に

3月5日(土:午後は「仁井田小学校区第3回生活支援サポーター研修」で、この日のカリキュラムは、研修Ⅰとして「四万十町の自殺予防の取り組み」について町保健師からの情報提供に続き、医療法人南江会諸隈陽子一陽病院長による講演「こころの健康を考えてみよう」が。また、町保健師による「傾聴」ロープレイも行われ、心の病やその実態、対応等についてあらゆる角度で話がなされました。体や生活に不安を感じた時に起きる心の病気にどう対処するのか、またそのような人にどう関わるのか、重く難しいテーマを研修しました。

 後半の研修Ⅱでは、「安全・安心な地域をつくろう」をテーマに窪川警察署高齢者交通安全アドバイザーや地域安全アドバイザーを講師に、交通安全の基礎知識や振り込めサギ対策について劇を通してアピールが。「振り込めサギにご用心!!」の劇では、劇団おまわりと仲間たちが笑いを誘う中にも啓発の劇を。受講生は笑いながら真剣に研修を。

 

 夜には劇団おまわりの一団と町保健師そして社会福祉協議会役職員の一部らと懇親交流会が行われ、馬鹿話やダジャレを出しつつ楽しい座に。付き合いと夕食に4時間余りを費やし気持ちよく酔って自宅に帰ったのが22時ごろでした。

久しぶりにのんびりと畑仕事を

3月3日(木:今日はひな祭り。約30年前には娘たちのためにひな壇に人形を飾ったことを思い起こします。

 午後は久しぶりにのんびりと畑仕事に精を出しました。肥料をまいた畑を管理機で耕し、畝を作り、馬鈴薯を植えるとともに白菜・ホウレンソウなどの種をまいて約3時間の野良仕事が終了。5・6月には葉物が収穫できる予定です。結構良い運動になりました。

2011年3月 3日 (木)

たまたま県議会中継を

3月2日(水):晴れたものの風があり少し寒いにになりました。妻と共に生後3か月の孫の守りに昼間の時間を費やしました。

 ケーブルテレビにチャンネルを合したところ、たまたま県議会中継がなされており、関心のある「あったかふれあいセンター、介護ヘルパー事業等への県支援、地域教育委員会のあり方、新しい公共支援事業」についての質問が。

 県知事や各部長等の答弁を聞いていると、何か官僚的でやる気が余り感じられないものと思ったのは私だけだったでしょうか?。国費に依存している後進県の事情は一定の理解をしますが本気の発信度が感じられ無かったのが残念です。そんな中、市町村はどう活動展開するかも関心の的になります。1ヶ月後には県議会議員選挙が告示に。本当の県民の声を反映し行動する議員に当選してほしいものです。

大奈路小校区で研修を

3月1日(火):小雨は朝に止み曇り空となったものの、はっきりしない天気の1日となりました。注文していた昼食弁当をを大正やまびこ作業所で食べた後、大奈路小学校区生活支援サポーター養成研修(継続研修1)に参加しました。

 この事業は約1年前にこの校区で導入研修を行ってそのままになっていたもので、研修の前半は1年前の振り返りを兼ねて「支え合いのまちづくりを目指して」のテーマで講演をさせていただきました。前回出されていた課題等がそのままになっており、反省もしながらもう一度地域課題を引き出すことに。

 研修後半では四万十町地域包括支援センター職員の進行で、前回に作製した地区のマップを見直し、あんしんマップの作製を行いました。参加したのは校区内3地区から10数名で、参加者から強く出された意見は、まちづくり基本条例が制定され一歩前進と思われるが、このサポーター養成研修では課題を引き出すだけではなく、住民の不安や要求を具体的に解決するところまで取り組まなければ何ら解決しない・・・と。

 地域課題解決を目指したものが昨年度策定した「四万十町地域福祉活動計画」で、1年間放置してきた社会福祉協議会役職員の責任も問われていると感じました。地域福祉活動計画を読み返してみると、「地域福祉活動計画推進委員会(仮称)」等を設け、進捗管理を行いながら評価・改善に向けた協議を行い、取り組み・計画の見直しを行うとなっているにもかかわらず、実行できていないことは大きなな反省事項で来年度は重点的に取り組まねばなりません。

 地域福祉活動とは、社会福祉協議会の役割とは何か?、今一度話し合いを積み重ねながら役職員のスキルアップを図らねばと思いつつ帰途につきました。

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