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2010年12月31日 (金)

ほろ苦い思いの1年が終わります

12月31日(金):案の定、朝は一面の雪景色となっており風も吹いて気温が下がりっぱなしの一日となりました。

 今年はいつもに増して多くの経験や貴重な体験をしました。

 町村合併後も過疎・少子高齢に歯止めのかからない我が町の首長を目指した4月の町長選挙は、昨年秋から町内の世帯や地域廻りを行い、地域活動を通して感じていた町政の課題を確認するとともに住民の方々の声を聞きながら取り組みましたが、思いや政策が十分に理解されず苦杯をなめることとなりました。

 しかしこの中で20年余り関わり、取り組んできた地域福祉活動やNPO活動の方向の正しさに確信をもったことでした。結果は満足するものではありませんでしたが、今後もライフワークである地域福祉活動に力を注いでいきたいと思っています。

 酷暑の夏が終わらない9月には社会福祉法人窪川児童福祉協会会長に返り咲くとともに、しまんと町社会福祉協議会の取組発表を松江市で行うきっかけを作ったり、関わっている社会福祉法人の経営・運営に苦言や提言を。公益法人として住民目線を大切にしなければの思いがより強くなりました。

 NPO活動のみならず高知県との関わりなど従来の活動を復活さしながら今年の後半はあっと言う間に時間が経ちました。年末の地区会で来年は区長として再登板することになり、自主防災組織の立ち上げが喫緊の課題となっています。

 プライベートでは知人との一歩進んだ出来事や二人目の孫の誕生、また高齢のおじ・おばの現実など喜びのみならず、緊張感のあった年でもありました。

 何はともあれ、この1年間おつき合いいただいた方や私を支えていただいた方々に心から感謝申し上げます。

 新年も「生き生きした町づくり」を目指しての地域福祉活動に取り組んでまいります。公私ともに親しくおつき合いいただければ幸いです。

 皆さまにとって新年が幸多い年となりますようお祈りいたします。

 

あちらこちらに挨拶に

12月30日(木):曇り空で寒い一日に。午後は今年お世話になった方々や親戚に年末の挨拶に出かけ、話し込んで夕方になり帰途についた中土佐町大野見では北の山はうっすらと雪景色に。年賀状も差出が終わりのんびりと自室で焼酎の湯割りを飲みながら書類などの整理をして遅い時間まで過ごすことに。深夜には5~6センチの雪が庭につもって寒い夜になりました。

2010年12月28日 (火)

寒い中での社会福祉協議会理事会

12月27日(月):今年の最後の週間となり夜明けにはうっすらと雪景色に。寒波到来で四国内の高速道路も通行止め区間が発生したとニュースが。

 風は寒く、外での用事を敬遠して家の片づけや掃除でお昼になり、午後は来年20周年を迎える身体障害者通所授産施設「あさぎり作業所」と「大正やまびこ作業所」等の合同謝恩会実行委員長とともに町長など行政機関に案内状を持参して手渡しを。

 午後3時からは四万十町大正老人福祉センターでの「しまんと町社会福祉協議会第6回理事会」に出席。今回の理事会は11月に行われた中間監査と今年度第2次補正予算が主なもので、多くの意見が出されたものの原案通り可決を。

 しかし今年度の事業実施については遅れもあり、進捗状況把握や効率的な事業運営について指摘させていただき、住民目線や住民主体の地域福祉の取組についても意見を。26日(日曜日)のテレビ番組「報道2001」に出ていた佐賀県嬉野市長が「行政職員のやる気一つで地域が変わる」と語っていましたが、私から言わせていただければ「社会福祉協議会職員のやる気一つで地域福祉は変わる」と言いたいところ。

 理事会終了後には任期途中で退任・新任となった理事の歓送迎会を兼ねての忘年会を大正地区で料理が美味しいと評判の「松月荘」で役職員とともに。日ごろは口にできない料理をご馳走になり、また社会福祉協議会職員の企画による景品くじ引きなどあっと言う間の3時間が過ぎお開きに。2次会へのお誘いに少ない後ろ髪を引かれる思いで窪川に。自宅へのタクシーでは、この時期は以外に町が静かとの運転手さんの話に車窓から見る町は閑散としており、過疎なのか経済不況なのか、とにかく活気がないことは酔いもさめるぐらいの気持ちに。

 今年の予定はこの夜で一先ず終わりとなり、後は新年に備えて準備を。思えば年賀状の手つかずでそろそろ手がけなければ。

2010年12月26日 (日)

保育所を取り壊します

12月22日(水):午後は今年3月末をもって廃園とした仁井田保育所の周辺の方々に来年1~2月に園舎の取り壊しと約60年間地域の保育所として支え、協力いただいたことに対してお礼とお願いの挨拶まわりを。

 仁井田保育所は昭和24年7月に地区の旧岡崎医院の施設を活用させていただき設立されたもので、昭和47年に現在の社会福祉法人窪川児童福祉協会が運営を引き継ぎ、昭和53年に現園舎を建築して今年3月に老朽を理由に廃園し、再来年2月末に統合保育所建設をめどとしているもので、事情や理由を説明して地区の法人理事とともに家庭を訪問。

 この保育所は当時窪川町ではただ一つの保育所でもあり、自宅からは比較的近く校区は異なるものの、入学前1年間通った記憶と記録(写真)があり、早朝に家を出たものの、途中で弁当を食べ、保育所には午後に着いてそのまま帰された記憶がうっすらと。通園の後半は当時の国鉄バスを利用し、通勤していた学校教諭の自転車に乗せていただき帰宅した記憶も。

 思い出深い保育所の取り壊しには感無量ですが、新しい時代には新しい保育所をと願った地域の方々や保護者の声を大事に大きく一歩をと思いつつあいさつ回りをしたことでした。

社会福祉協議会の団体交渉に

12月21日(火):夜には、しまんと町社会福祉協議会ホームヘルパーのパート職員で構成されている労働組合との団体交渉に出席。雇用形態や労働環境が変化する中、労働組合があることは当然のものとして理解するものの、利用者サービスを梃子に要求項目を求められると、福祉という特殊なサービスにおける労働の質についてなかなか議論が難しいこともあり、賃金アップを中心とする要求については事業の経営状況を見極めつつ検討することでひとまず交渉を修了。

 理事者側としては労務問題は多岐にわたっていて、これまでの課題に正面から取り組んでいないこともあり、克服しなければならない時期に来ていることも事実です。

 

2010年12月20日 (月)

ときめきクリスマス2010

12月19日(日:聴覚障害者とともにクリスマスをと始まった「ときめきクリスマス」は20年を経過し、今では障害者のみならず高齢者や子どもそしてボランティアが楽しむ100名を超す福祉イベントに。9時から会場である四万十農協会館で始まった準備は手際よく開始時間までに整い開始を待つばかりに。

 この日は地区の「しまい会」といって年末の地区会と重なっており、途中で準備を抜け出て会合に。今年1年の経過報告と会計報告そして来年の地区運営についてと役員選出の話し合いが行われました。毎年地区長を決めるのに時間がかかっており、今年も選出で難航。

 29世帯の地区ですがご多分にもれず高齢化が進んでいるものの、数年前に宅地造成されたところに若い人たちの転入があり、町内では高齢化率が平均以下と思われます。若い人たちの地区運営への展望を見据えて来年の区長を引き受けることになりました。区長は今年事情があったために代わっていただいていたものの、昨年までの3年間は経験しており、戸惑いも無なかったものの、来年は地区に自主防災組織を立ち上げの新しい取組が。

 「ときめきクリスマス2010」は実行委員長の開会あいさつで始まり、昼食を兼ねた食事をしながら出し物に目を。ボランティア・福祉作業所職員そして社会福祉協議会職員のサンタクロース姿での進行は臨機応変・軽妙な言動に会場は和やかに。

 障害者作業所メンバーのハンドベルの「きよしこの夜」で始まった出し物は、AKB48の曲にあわした踊り、鳴子踊りや手話での唄など会場は笑や歓声が。私が関わっている保育所職員に参加いただいた中の歌と踊り「らーめん体操」では会場もノリノリでアンコールの声で会場のボルテージも最高に。思わず立ちあがって保育士の踊りを手本に体を動かすことに。この強烈なメロディーと歌詞が頭に残っています。

 エンディングはお楽しみ抽選会があり、入場券の半券を片手に一喜一憂。いつもは当たらないのに今回はビール6缶が当たりうれしい気持ちに。無事終わったイベントの後始末はスムースに行われ社会福祉センターに帰って残り物の料理を食べながらくつろぐことに。裏方で頑張っていただいた社会福祉協議会職員に陰ながら感謝したことでした。

2010年12月19日 (日)

素晴らしかった「幡多ツーリズム会議」

12月18日(土:あちらこちらに寄り道をしながら宿毛文教センターで行われた13時からの「幡多ツーリズム会議」に参加。

 この会議はNPO法人高知県西部NPO支援ネットワーク理事が主宰している「エコ幡多」が「海、山、川がそろった幡多には、ツーリズムがよく似合う」をテーマに開催されたもので、前半はゲストから取組報告が。

 地平線会議代表世話人の江本嘉伸さんは、浜比嘉島(沖縄県)で子どもの力を信じてデジカメで島を撮る活動を経験した結果、宿毛市9小学校でも取り組めば子どもたちが新しい宿毛を見つけることができるはず・・・と。2003年3月末の「地平線報告会in四万十」が強烈だったと話されましたが、このイベントは自分が退職した時期で、参加したことを思い出しました。

 観光進化研究所代表の小林天心さんは、旅行会社勤務ののちニュージーランド観光局日本支社を経て現在の研究所を設立し、地域の観光施策支援などに取り組んでおり、四万十ドラゴンランにも参加。四国88か所を見直せと提言。

 日本エコツーリズムセンター代表の広瀬利通さんは、年季の入った家畜飼いで、羊の毛刈り日本一とのこと。現在は自然学校の取組みを行っており、活動している団体のネットワークを活かすことによって新しい観光の姿が生まれており、地域経済活性化の起爆剤にもなっていると。

 2010年度第6回エコツーリズム大賞を受賞したNPO法人黒潮実感センター神田優さんは、ツーリズムとはお国自慢と地域の魅力のおすそ分けで、地域の魅力は地域の文化であると、幡多の食材の豊富さと食べ方に素晴らしさがあると話されました。

 また、この会議を開催したエコ幡多清家敬太郎代表は、宿毛市やエコ幡多の活動画像を交え、地域の宝があらゆる場所にあり気づきが大切と。

 後半はパネルディスカッションに。それぞれのゲストからは素晴らしいキーワードが。「食に先入観は禁物」、「小さな声でささやけ!そっとおしえてもらいたい」、「酢ミカンと旬の魚の組み合わせ、カレンダーにすべし」、「今だけ、ここだけ、あなただけ」、「この指とまれ式の観光を」、「過疎、高齢化をうらやむ地域に」、「地域では一人他業が重要」、「通好み。景色+食+人。気持ちのいい出会いこそ、旅の宝物」などなど多くのメッセージが出され、約150人の参加者はこの会議の素晴らしさに感銘を。

 このような外からの提言で町づくりを実践する取組ができればと思ったのは自分だけではなかったはず。地域づくりのヒントとして活かさなければと思いつつ帰途に。この模様に加え、「エコ幡多」の取組は「キムヒロ」さんのホームページに掲載されています。

町行政にとって画期的な日に

12月17日(金:この日は12月町定例議会最終日で、多くの議案(各種補正予算・認定・陳情・発議)の採決が行われ、夕方からは議会場に足を運んで傍聴を。ケーブルテレビでも中継放送がされているものの特に関心のあった「四万十町まちづくり基本条例」と「四万十町議会基本条例」採決の生の場の雰囲気を確かめたかったためです。

 「四万十町まちづくり基本条例」は昨年3月に自治基本条例検討委員会を立ち上げ、住民代表や公募委員で20回以上の検討委員会だけではなく、11か所での住民意見交換会、そして18か所での説明会にとどまらず、議会総務常任委員会との意見交換、外部講師を招いての研修会など1年半以上の時間をかけて「四万十町まちづくり基本条例」としてこの議会に議案としたばかりではなく、この基本条例のなかで重要な位置を占める議会のあり方を話し合う中から町議会に「四万十町議会基本条例」の発議を迫ったことは大きな前進。

 来年1月に現在の町議会議員の任期切れとなる中、最後の議会と言う特殊な雰囲気で両基本条例がほぼ原案通りに採択されたことは大きな成果です。

 「協働のまちづくり」を掲げる四万十町総合振興計画策定に関わって4年余、自治基本条例制定後には県下で1番広い町内に自治区設置を取り組むこととなっており、この日の基本条例採択は今後のまちづくりに大きな一歩となるはずです。自治基本条例検討委員として途中まで関わったものとしても感無量。

 今後はこの基本条例を活かしつつ「協働のまちづくり」推進に住民・議会・行政が連携した行動が求められていますが主役は住民。少子高齢・過疎の課題解決は「住民力」抜きには前に進まないことは明白で、それぞれが役割分担しながら「まちづくり」に大きく一歩を進めたいものです。

 大豊町でも議会基本条例が制定され、全国の1727市町村のうち123団体(7.1%)に議会基本条例が制定されており、そのほか100団体に動きがあるとか。阿久根市長のリコール、名古屋市議会解散署名、黒潮町議員定数住民請求など、住民主体の地方行政を目指すうねりは今後も大きくなるでしょう。政治が住民目線で取り組まれる社会づくりに行動展開したいものです。

 夜間は来年2月に予定している「あさぎり作業所20周年記念行事」実行委員会の事務局会議を。この夜は謝恩会案内リストの確認や記念誌づくりなど事務的な作業に。

2010年12月16日 (木)

18日は「幡多ツーリズム会議」

12月16日(木:曇り空で寒い1日になり、日本海側では雪模様に。その寒さのせいでほとんどの時間を家の中で過ごすことに。夕方からは仁井田地区統合保育所建設に伴う四万十町山株地区への住民説明会に役場・コンサル会社とともに出席。地元の好意的な計らいによってスムースな土地所得ができ、今年度内には宅地造成をし、来年6月ごろには建設開始、そして2012年2月に完成とのスケジュールを説明。地元の要望等を聞きつつ建設を進めることを理解いただき説明会を終了。

 今月18日(土曜日)午後は宿毛文教センターで高知県西部NPO支援ネットワークの理事が中心となって活動しているエコ幡多主催の「幡多ツーリズム会議 ~海、山、川がそろった幡多には、ツーリズムがよく似合う!~」が開催されることとなっており、私たちの高知県西部NPO支援ネットワークも後援を。

 この会議の講師には江本嘉伸氏(地平線会議代表世話人、ジャーナリスト)、小林天心氏(北海道大学大学院教授、元日本エコツーリズム協会事務局長)、広瀬敏通氏(国内海外の多くの地で自然学校の仕組みづくりに関わり、自然学校運動の第一人者)、神田優氏(黒潮実感センターセンター長、2010年度第6回エコツーリズム大賞を受賞)の4氏が「幡多ツーリズムの可能性を探る」とのテーマで問題提起や解決方法などを討論します。

 多くの方々の参加を待っています。もちろん後援団体である私たちも参加します。県西部におけるツーリズムの取組や活動に大いに役立つことは確実です。

 

 

最後の町議会でなぜ厳しい検証ができないの?

12月15日(水:今年最後の年金支払い日。10月からは年金額が満額となったものの、この金額は持ち家で米や野菜を栽培している自分たちには生活が可能なと思われますが、借家で都市住まいは厳しいかも。

 14日からは町議会の一般質問が行われており、ケーブルテレビでは実況中継がされているものの、事前に質問者や質問項目が不明。

 来年1月30日に町村合併後2回目となる四万十町議会議員選挙が行われることとなっているものの、この2日間での議員の質問を聞いていると4年間のアリバイのみが強調されているようで、真剣に議員活動をして新しいまちづくりに勢力を注いできた熱意が感じられません。

 2007年に町総合振興計画が策定され、住民の参加参画による協働のまちづくりを目指し、自治基本条例制定ののち地域自治区を目指すとなっているものの、自治基本条例についてはやっと出来上がったばかりで、地域自治区については手つかずの状態。

 ハード面だけ先行し、住民意識の高揚や協働への取組が後回しなされるなか、少子高齢・過疎は進行しソフト面の取組は益々困難になっているにも関わらず、議会も口先だけでこの日の質問戦では町執行部は平成26年度に自治区を制定すると答弁しています。

 議員は総合振興計画にあるものがなぜ取り組まれなかったのか、その原因や責任まで追及しなければ質問の意味はないと思うのですが。十分に時間をかけて住民理解を得ていくとする町執行部の答弁は先送りの理由のみと思うのは私だけなのか?。4年後には人口が現在の約90%になると推定されており、待ったなしの状況。

 地域審議会で提起された地域担当職員制についても実施が先送りにされ、何時になることやら。形は違っても3年前から総務省が進めている集落支援員制度を活用すれば地域自治区へのソフトランディングできるはず。この事業は100%補助事業でもあり、この情報を町職員が知らないならば住民への背任行為でもあるとともに、知っていて取り組まないならば行政職員不要と言われるかも。緊張感とスピーディーな行政執行を望みたいものです。

 また、総合振興計画や行革大綱に掲げられている情報共有化では多様なメディア(情報伝達媒体)を活用した情報の共有化を推進するとされているものの、町ホームページの情報は乏しくこの4年間ほとんど進化がありません。監視役である町議会が住民の目線で事業評価や計画の進捗管理ができなければ公費でのコストをかける価値はなと思いますが。住民・議会・行政がそれぞれの役割を果たす仕組みを早期に確立して町づくりに取り組む行動を起こしたいものです。

 

農協運営委員会に

12月14日(火:午前は保育園児の葬儀告別式に出席し、再びこのようなことのないようにと祈りを。

 午後は四万十農業協同組合の全地区合同の運営委員会に出席。今期の運営委員は来年3月末で2年間の任期が満了するため、次期からの任期延長や選任方法、今年度の事業の進捗状況、そして農業分野に大きな影響を及ぼすと言われているTPP(環太平洋経済連携協定)への対応など重要課題について協議が。

 TPPについては政府が「包括的経済連携に関する基本方針」を11月9日に閣議決定し、TPPについて交渉の参加・不参加を先送りにしたものの、「関係国との協議を開始する」と判断したことは問題ありとしてJAグループが「TPP交渉断固阻止」を掲げており、この運営委員会の中では「TPP交渉参加断固阻止に関する特別決議」を採択。政府の農業政策の根幹を引き出し、実効ある措置ができるかが今後の大きな関心ごとに。

 終了後には「慰労会」が行われ、杯を交わしつつ交流を。厳しい農業環境の中、行政手法にも多くの不満も出され、何か責任の一端を感じた気にもなりました。盛り上がったメンバーなどで2次会に。しかしこの場は1時間程度で切り上げて帰宅して入浴後は炬燵にもぐりこんでしばらく意識不明に。ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

悲しい出来事に涙雨が

12月13日(月):朝から1日中雨に。夜は前日に亡くなった保育所を利用いただいていた園児の通夜に参加しました。1歳7カ月という短い命が突然絶たれたことに驚きとともに大きな悲しみを覚えました。ご両親の気持ちを思うと胸が張り裂ける思いです。

 雨が降る中の通夜には幼い命を惜しむ多くの方々が参列し、目頭を押さえる方も多く、こんな悲しいことはこれきりにしてほしいと思いました。窪川児童福祉協会の役員を約30年間務めているものの、保育園児が亡くなったのは初めてで、大きなショックでもありました。

2010年12月13日 (月)

矢井賀を良くする会は健在

12月11日:久しぶりに中土佐町矢井賀地区の矢井賀を良くする会の「高齢者モーニング&一の市」に出かけました。この取り組みには最初からかかわっていてもう3年余になるかも。

 少子高齢・過疎が進んだ矢井賀地区を元気にしようとの思いを持った地区の女性の取組をサポートして話し合い、地区にプレゼンし、会食の場を作って交流した中から考えた「高齢者モーニング」そして地域活性を目指しての「一の市」での販売など、自主的な活動を集約したこの取組は地域に大きな力をもたらせました。

 特に「高齢者モーニング」は地域の交流の場に変わり、中土佐町大野見北地区に波及するばかりか、今年には黒潮町蜷川地区の取組にまで発展し、今後地域の交流拠点づくりに大いに役立つと自信も。

 久しぶりに会うスタッフとの交流も楽しいもので、コーヒーを味わい、この日は3か月に1回の市も兼ねており、東山・干し柿・ちらしずしなどを買って帰ったものの買い物金額は2000円弱。毎月第2土曜日に行っている「矢井賀高齢者モーニングサービス」には目が離せないと実感を。この日は中土佐町社会福祉協議会からの取材もあり、代表者も生き生きとした表情が。地域の方々が地域のことを考えることの大切さを再認識したことでもありました。

今年最後の夜のあったかな集い

12月10日(金):朝は冷え込んだものの、昼間は晴れて穏やかな1日となり、有意義な日をすごすことに。

 夜は四万十町社会福祉センターでのあったかふれあいセンター「夜のあったかな集い」に参加。この夜は今年最後でもあり、クリスマスを目前に鍋を囲んでの和やかな交流と参加者にはプレゼントが。社会福祉協議会役職員がコスプレで場を盛り上げたりで、参加した子どもから高齢者までが楽しめる場に。

 今後あったかふれあいセンター事業の中で、参加者の自主的な関わりをどう作っていくのか、また継続できる仕組みづくりをどう構築するのか課題も多いものの、まずこの夜の成功を喜びつつ後始末後にはスタッフと場を移して慰労を。窪川ではこの店しか提供していない「きしめん」を味わい堪能して帰宅。

 このあったかふれあいセンター事業は、県がふるさと雇用再生基金である66億円を活用して取り組んでいるもので、目的は「地域の実情に応じた創意工夫に基づいた事業を実施し、失業者に対する地域における継続的な雇用機会を創出」することとなっており、2009~2011年度の3年間の事業で、事業終了後の雇用継続と事業継続が大きな課題。残る1年余で方向を定めなければならない使命が。あったかな気持ちだけでは現実に対応できないことも想定しなければと感じているこの頃。

2010年12月12日 (日)

児童福祉協会職員面談最終日

12月9日(木)午後は6.7日に続いての児童福祉協会職員の面談最終日。子育て環境に対応できる法人や職員づくりに向けてのスキルアップを目指しての面談では厳しい話もさせていただき、時より職員からは反発の声も。子どもや保護者のためと言いつつ経営者や職員はどう子どもたちに寄り添っているのか自問自答をしながらの面談。

 開かれた保育所を目指しているにもかかわらず、まだまだクローズで保育者中心の保育がされている面も否定できません。頭を悩ませつつ粘り強い対話を進めなければと痛感した面談でした。

四万十高校で災害ボラセン訓練

12月8日(水):午後は四万十高校での『災害ボランティアセンターについて学ぼう! ~南海地震発生後、地域の力で「地域のくらし」を」どう守るか!?~』に参加。この事業はしまんと町社会福祉協議会と四万十高校が主催し、高知県ボランティア・NPOセンター共催で行われたもので、高校だけを対象にしたものとしては県下初。

 県立四万十高校体育館での模擬訓練では全校生徒120人余と教職員らが参加し、最初に高知県ボランティア・NPOセンター間所長の基調講演「災害時におけるボランティア活動」を映像を見ながら聞いたのち「災害ボランティアセンターの役割と流れについて体験しよう!」をテーマに模擬訓練を。大正地区で震災が発生したことを想定し、ボランティア活動を進めるためのボランティア受付、ニーズに伴うマッチングそして活動報告の流れを高校生が実体験できた2時間での模擬訓練でもあり、若干運営のまずさもありながら基本的な模擬訓練は体験できた様子でした。

 夜間には高知市にあるNPO会議室での「高知県ボランティア・NPOセンター第56回(2010年度第5回)運営委員会幹事会」に出席。今回の幹事会の主な議題は市町村社会福祉協議会ボランティアセンター機能強化で、ここ1~2年運営委員会等で問題となっているボランティアセンターのあり方を先だって行った市町村社協へのアンケート結果をもとに議論。

 県内34市町村社会福祉協議会のうち、ボランティアセンター事業の実施状況については、①名称を揚げて事業実施が10社協、②名称を掲げずに事業を実施が14社協、③実施していないが5社協、④無回答5社協・・・となっており、ボランティアセンター事業を」進めるうえでの阻害要因の6~7割を「時間が取れない」としていることも問題。ボランティア推進については社会福祉協議会の事業(仕事)の大きなもののひとつで、それが出来ていないことは厳しい見方では仕事放棄に等しいと思います。

 今後においてボランティアセンター事業を推進するにあたっては、ボランティア・NPOセンターのみならず、県社会福祉協議会としても市町村社会福祉協議会との密な連携が必要と感じました。

 また、今年度・来年度で国の内閣府事業で行われる「新しい公共支援事業」については現在内閣府が調整中で、年末には骨子が示されることになりそうで、県の担当課も準備中とか。この事業の中に私たちが発信してきたNPOと市町村行政との協働推進事業予算が組み込まれていることで、今後は市町村に対して積極的な取組を要請したいものですが、果たして市町村の反応は?「住民等との協働」を掲げているまちづくり経過計画等との整合性について大いに関心が。我が町においても行政にアプローチをして行きたいものです。

2010年12月 9日 (木)

200.000km突破

12月7日(火):朝は冷え込んだものの昼間は比較的穏やかで過ごしやすい1日に。午前は四万十町社会福祉センターでの香美市香北町福祉ボランティア協議会と窪川ボランティア連絡協議会との情報交換会に出席。

 この情報交換会は香北町福祉ボランティア協議会の研修事業に対応したのので、それぞれの団体からの参加者は約40名で、団体の活動内容や経過等について報告の後、4グループに別れて意見交換を行ったののの、1時間半の時間はあっと言う間に過ぎて終了に。香北町福祉ボランティア協議会には午後の予定があった模様なものの、もう少し交流ができればよかったとの声は受け入れ側から出されました。

 午後には前日から開始した窪川児童福祉協会職員の個人面談を。この日も11人の職員と面談し、時には厳しいことも言わせていただきました。これからの社会をつくっていく子供たちに夢や希望を与えることのできる保育とは何か?。現場職員の役割が大きいことが十分理解されているかと言えば若干の不安も。

 夜には今月19日に計画している「ときめきクリスマス2010」の実行委員会に出席。この実行委員会は2回目となり、細部の確定が主な内容に。社会福祉協議会やボランティア連絡協議会を中心に実行委員会形式でのイベントながら多くの団体の参加いただいており、私が代表を務めている窪川児童福祉協会のくぼかわ保育所職員も参加することとなっており、楽しみにしています。

 マイカーがこの日に走行距離200.000kmを突破。7年前の3月末、退職と同時に新車登録したこの車は私用はもちろん、NPO・地域活動にと西日本のあらゆる土地に出かけすっかり自分の足代わりとなっています。

2010年12月 8日 (水)

保育所職員個人面談を開始

12月6日(月):午後は今週3回にわたって行う自分が代表を務める窪川児童福祉協会が運営している4保育所職員の個人面談の1日目。33名の職員から個人の年間目標や到達 度、次年度の目標、保育所の課題や改善点そして自己啓発や社会貢献への思いなどについて事前アンケートを行い、これも参考に職員のスキルアップと意思疎通を兼ねての面談は5年目に。

 日ごろ職員が子どもたちに関わる姿や思いを聞きながら、今の社会状況や新しい保育行政に対応できる保育所となっているのか意識共有を。保育所・幼稚園の形を超えた認定こども園、そして民主党政権となって進めようとしている「こども園」など保育を取り巻く状況は大きく変わっている中、このことに対応できる、また柔軟な発想で地域での保育に取り組める職員や保育所づくりが経営者の役割と考え背伸びも。

 地域では育児放棄や子どもへの虐待事例も報告されている中、保育関係者の役割を再認識する機会にもなります。クローズと言われる保育所からオープンな保育所を目指して現場のスキルアップやブラッシュアップは欠かせません。職員とともに考えることが出来る面談は役員にとっても厳しいながら役割を再認識する場にもなります。

 夜間は「身体障害者あさぎり作業所等記念行事実行委員会」の第2回会議に出席。1991年に開設した障害者施設が20周年を迎えることとなり、2008年開設の「やまびこ作業所」、昨年スタートした「あったかふれあいセンター・地域活動支援センターやまびこ」の3施設に関わる方々との交流を兼ねての事業では、記念誌発行と謝恩会が中心で、この夜の実行委員会には後援会・利用者・家族・ボランティア・職員そして法人役員など20名余が参加し、2011年2月6日に予定している謝恩会に向けての話し合いを。私たちにとって「あさぎり作業所」はボランティアや福祉活動の原点でいつまでも大事にしたいものになっています。

 事情があり実行委員会の後に2時間半で高知市往復を。高速道を利用すれば20年前の片道の時間で往復できることは有難いと思いつつ帰途ではあくびが。23時前に帰宅後はパソコンのメールチェックを

 夕方には今月1日にに誕生した二人目の孫と母親が退院しておとなしく眠っている「マイ孫」の顔を見て目じりを下げたり、忙しい1日となりました。

2010年12月 5日 (日)

最後の庁舎建設審議委が

12月3日(金)前日の雨と今日の強風はこの時期にしては珍しく異常気象を感じさせられました。

 朝からは隣町に住む一人暮らしの叔母の外出支援に。この日は須崎市と高知市の病院での診察と治療。昼食ののち自宅に送り窪川四万十会館での「四万十町庁舎建設調査審議委員会」の傍聴に参加しました。この委員会は今回で7回となり、答申内容をまとめるため最終回。

 8月に第1回の委員会を開催し、当初は現庁舎位置・JR窪川駅西側・同駅東側そして緑林公園の4案が示され、ワークショップで進めてきた結果、途中からはJR窪川駅両側の複合案と緑林公園案とで検討することとなり、一部委員からは不信感されたが出されたもののこの最終回ではこの2案を併記して6日に町長に答申することとなって閉会となりました。

 しかし基本設計・実施設計とまだまだ課題はあるものの、町民にとって本当に必要とされる庁舎や中身が大切で、まちづくり基本条例の精神や地域自治区への展望となる庁舎建設の取組となることを期待したいものです。

2010年12月 3日 (金)

二人目の孫の顔を見に

12月2日(木)前日出産した次女の見舞いをかねて孫の顔を見に高知市のに。最初の子どもよりは出産が早く体重が少ないものの元気な様子。髪の毛も多く、お爺としてはうれしいものの複雑な気持ちも。元気ですくすく育ち、将来の社会を支える人間となって欲しいものです。

 午後からは天気予報通り時折強い雨が降り、荒れ模様の天候に。

 12月3日は「四万十町庁舎建設調査審議委員会」の最終回会合が開かれ、町長に庁舎建設場所について答申がなされることとなっており、その内容や表現に関心が。

 町村合併時の新町建設計画、町村合併後に策定した総合振興計画、前町長が建設予定地として取得した土地、町の建設予定の公表、議会特別委員会の中間報告、パブリックコメント条例の制定、地域審議会の意見、そして庁舎建設調査審議委員会の設置の流れを見ると何かぎくしゃくしていることを感じます。

 庁舎は住民のもので、まず住民意見が尊重されなければいけないのに、どうも手順が不透明に。しかしここまで進んできた現実は否定できません。後世に悔いの残らない結果を出してほしいものですし、議会もそのことを尊重してほしいものです。

 

 

 

日米草の根交流サミット実行委に

12月1日(水):午前は高知市の高知会館で開催された「第21回日米草の根交流サミット高知大会第2回実行委員会」に出席。この実行委員会は今年6月に設立されたもので、日米両国の草の根レベルの交流を深め、地域の国際化を推進するとともに、地域での体験メニュー等への参加を通して、来県者やアメリカ人参加者へ、高知県の魅力を発信していくことを目的に取り組むもので、高知県西部NPO支援ネットワークも実行員として参加することとなっており、理事長代理で出席したもの。

 この実行委員会は尾崎県知事が名誉会長となり、橋井高知県国際交流協会代表理事が会にそして副会長は田中ウエルカムジョン万の会会長が務めることとなっており、2011年6~7月開催予定の交流サミットについて意見交換を行いました。規模は300人程度で、外国の方は200人とのこと。

 日程としては6月29日に土佐清水市足摺岬小学校でオープニングセレモニーを行い、足摺岬のホテルでウエルカムパーティー。翌日から3日間は地域プログラムでホームスティ。そして7月3日には県立牧野植物園でクロージングセレモニーを行うことを確認。

 会議終了後に過去に四万十町内で勤務した県支援企画員から四万十町でホームスティホストを探してと相談が。町内のみならずホームティのホストをしていただく方や関心のある方を紹介してください。

 嫁いでいる次女が早朝に高知市内の病院に入院し出産したもので立ち寄りを。今回は2回目の出産で、深夜に上の子を預かっていたものの、無事の出産で一安心。病院に立ち寄ったものの、赤ん坊の顔は見ずに帰宅を。

民生児童委員の任期が終了

11月30日(火):夕方から大正地区民生児童委員会懇親会に参加。民生児童委員は厚生労働大臣から委嘱された地域福祉を支える活動をされているもので3年が活動期間。11月30日が任期で大正地区の民生児童委員会では退任される委員の送別会を兼ねての懇親会を開き、全員が出席している場に参加したもの。

 大正地区では18名の定員で8名が退任されることとなっており、日ごろ地域福祉活動でお世話になっている社会福祉協議会役職員も行政職員とともに参加。退任される方にはもちろん、引き続いて委員として活動していただく方々に日ごろのねぎらいをしつつ交流を。社会福祉協議会役員と言っても日ごろはつながりが薄く、このような場が重要に。

 町村合併後、多くの四万十町関係の委員等をした関係や、地域活動に関わった関係で多くの知り合いがいて打ち解けた懇親会に。1次会終了後には誘われて(* ̄ー ̄*)2次会に行き、思わずマイクを握り少し恥ずかしいことがあったかどうかは記憶にないことにしておこう。大正地区は女性の民生児童委員が多く、次期は14名の女性委員となるとのこと。頑張ってほしいものです。

2010年12月 2日 (木)

統合保育所案を決定

11月29日(月):午前は畑仕事をし、午後からは社会福祉センターでの四万十町窪川地区民生児童委員第2回総会に出席。今回の総会は11月末でもって3年の任期を終了する民生児童委員の退任者の送別会もかねており、総会行事に続いて今回退任される20名の方の中から3名が活動を通して感じたことや取り組んできたことなどを発表。

 今回退任される方の中には30年・27年と長期にわたって活動された方もあり、厚生労働大臣・高知県知事から表彰・感謝状が授与され、活動について発表された方の中には、両親が死亡した子ども二人を福祉施設に送ったケースや、高齢者虐待のケース、民生児童委員活動からライフワークとしてボランティアに関わったこと、これからの民生児童委員活動のあり方など感動を受ける話が披露されました。

 また、民生児童委員を退任しても地域の福祉活動に関わっていただくなど、力強い言葉がだされ、有難く感じました。総会終了後には弁当を食べながら交流会を。

 

 夜間には仁井田町民会館での「第5回仁井田地区統合保育所建設委員会」に出席。2012年2月完成予定で建設に取り組んでいる統合保育所については過去3回のワークショップや保育所職員・行政等との打合せを終えて基本設計最終案が示され、委員に図った結果この案を承認することに。

 今後の予定としては、11月に農地転用許可が出ており12月に用地造成設計と入札、2011年1月には造成工事を開始し、3月実施設計にのち6月ごろに建設を始め、2012年2月完成を目指すことに。少子化が進む中での保育所建設は住民協働で現実のものになりました。

 

採用試験の試験官を

11月28日(日):高知市から朝帰りし、しまんと町社会福祉協議会来年度職員採用試験に試験官として関わることに。今回はケアマネージャー・看護師・介護士の採用試験で総数20名が受験することに。

 試験は作文・面接からなっており、前半では「コミュニケーションについて」をテーマに全員に作文を書いていただき、その後職種別に作文を読んだ後面接に臨みました。資格が必要なため比較的受験者の年齢が高く、将来の事業運営を考えれば課題も感じます。

 すべての作文を読み、面接を終えて採用予定者を決定したら既に日が暮れており、12月1日に結果発表することとしてこの日の日程を終了。採用予定者は試験官の目に狂いのなかったことを仕事で表してほしいものです。

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