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2010年5月21日 (金)

決算理事会の時期に

5月20日(木):午前は妻の実家の田植えを行い昼に帰宅。田植えは今日が最初で、明日以降も田植え準備をしながら片づけを進めなければ。自宅の田植え準備は後回しにして。

 午後は役員を務めている社会福祉法人窪川児童福祉協会理事会に出席。この理事会は前年度の事業報告・決算報告・会計監査報告などが主な議題で、原案通りの承認ががなされました。

 今年3月でもって廃園となった仁井田保育所をめぐる状況についても報告があり、再来年度に統合保育所を新築する経過が順調に進んでいることを確認。子育て支援が国の施策でも重要視されており、自治体でもその施策を確かなものにするために一工夫が必要な時代に。官民一体となった住民中心の行政運営に取り組むのかがこの町の方向を決めることにもなりそう。ここは行政の長のリーダーシップに期待を。とは言いつつ行革大綱の行方はいかに。

あったかふれあいセンター事業研修に

5月19日(水):高知県が進めている「あったかふれあいセンター」事業をしまんと町社会福祉協議会が今年度取り組むことになり、6月の事業開始を前にして職員研修に同行を。

 この事業は日ごろの生活支援や高齢者・障害者・子供などの交流の場を通じて地域の支えあいなど幅広い地域福祉事業を展開することが目的で、四万十町では大正地区にある「あったかふれあいセンターやまびこ」に続き2か所目。この事業は高知県の補助金を財源として来年度まで行われる事業で、社会福祉協議会では3名の臨時職員を採用し、地域福祉関係職員をコーディネーター・生活支援員として配置して取り組むもので、再来年度からの事業展開も視野に入れつつ取り組まねばならず、同様の事業を行っている宇和島市社会福祉協議会津島支所の取り組みを視察に。

 宇和島市は四万十町から2時間の位置にあり、比較的近い場所で、また社会福祉協議会職員同士が交流もあり今回の研修場所に。

 まず最初に訪れてのが下灘地区にある「やすらぎの場:くつろぎの家」で、地元社会福祉協議会職員案内のもと運営委員長、前運営委員長が開設に至った経過や活動状況について説明を。

 この「くつろぎの家」は、「遊ぼう・話そう・助け合おう」を基本理念に、生涯現役で活動し続けることを目標としており、空き家となった民家を借用し2003年にスタート。運営委員会を中心に自主運営がなされており、地区には欠かせないものとなっている様子。

 午後に訪れた岩松地区にある「ふれあいセンター:もやい」でも運営委員長から活動状況を報告いただき、商店街の空き店舗を活用したこの事業は高齢社会が進行する中でのオーソドックスな活動として今後増加する傾向にあるのではないかと。

 2箇所の活動を研修して感じたことは、高齢社会が進行するなかで、その風や地域状況を的確にとらえて住民福祉を充実していくセンスが必要との実感を。このことから考えれば行政のセンスは非現実的と思わざるを得ません

 この「あったかふれあいセンター」事業を実のあるものにするために社会福祉協議会をしても役職員の意識合わせが大切と感じ帰途に。

障害者旅行の打ち合わせを

5月17日(月):昼間は妻の実家に農作業で田植えの準備を。

 夕方からは今週末の四万十町障害者連盟1泊旅行のスタッフ打ち合わせに参加。この旅行は22・23日と大分・熊本を訪れるもので、介助人を含む障害者連盟会員32名、ボランティアや施設職員らスタッフ14名の合計46名の多人数となり、過去19回で最高の参加数に。

 毎年のように貸切バスとワゴン車では参加者などが乗り切れず今年は福祉施設のリフト付きワゴン車を手配し3台に。それでも障害者連盟会員の方には分乗もお願いしなければならない状況に。

 打ち合わせではスタッフの役割分担や参加者の乗車席等の確認に加え、宿泊場所の部屋割りなど、それぞれの障害程度などに配慮しての打ち合わせは正にパズルゲームを仕上げるようなもの。それでも全員のスタッフが打ち合わせに参加し旅行を素晴らしいものにしようとの熱意がひしひしと伝わりました。

 障害者連盟の旅行は1991年秋に当時の窪川町で私たちが中心となって開設に取り組んできた身体障害者通所授産施設「あさぎり作業所」スタートの翌年から続いているもので、今年で19回目に。

 最初の年は開通間もない瀬戸大橋を使っての岡山方面に。2年目には愛媛県に。そして3回目は兵庫・岡山に。6回目は九州に渡ったものの、天候に恵まれず今回はリベンジの旅行になり、障害の方にとってはフェリーを使っての行程は珍しいのか参加者が多いこともうなずけます。

 自分は最初からボランティアで参加してこの旅行をサポートしており、仕事で都合のつかなかった3~4回を除き参加しており、6回目からは自分たちで下見をし、ここ数年は行程など旅行計画についても関わり、通称meemeeトラベルで企画協力を。今回も旅行計画書を作成するとともに添乗員の役割も担うことに。願うは天候のみ。下見をした日のように晴れてくれればと祈っています

 

 

 

2010年5月16日 (日)

「夕菜の里」10周年記念式典に

5月15日(土:5月中旬というのに朝の気温が余り上がらず長袖の服で過ごすことに。午前中は少しの畑仕事をし、午後には孫の守りを。

 夕方からは四万十町社会福祉センターでの「「由菜の里10周年記念式典」に出席し、依頼されていた司会を。この「由菜の里」は私たちが中心メンバーとなって、町内で暮らしている精神障害者の共同作業所設立に向けて1999年夏に取り組みを始め、翌年4月オープンしてその後、特定非営利活動法人「由菜の里」として今日に至っているもので、いまではすっかり地域に定着し運営も安定しているところ。

 記念式典は運営している法人の嶋岡理事長の感慨深いあいさつの後、牧野理事より経過報告が。この式典に来賓として出席された四万十町長と須崎福祉保健所長から祝辞が。また、この間取り組みをサポートしていただいた「窪川カラオケ慰問団」と「Doネットワーク」に感謝状の授与が行われました。

 また社会福祉法人「さんかく広場」武田廣一理事長による「町で支えるために」との演題での記念講演が行われ、精神障害者問題についても今後は早期相談や予防の体制確立が大切だと話されました。

 後半には懇親交流会が行われ、約80名の参加で和やかな交流が夜の更けるまで行われ快い酔いに。

暮らしの福祉資金申請の審査を

5月14日(金):午前は社会福祉センターでの「暮らしの福祉資金」申請の審査会に出席したものの、申請の条件である連帯保証人の設定がなされておらず、規定上書類として整っておらず結果的には受理しないことに。

 先日訪れた県社会福祉協議会での話によると、県内でも生活苦等による「ふくし資金」の利用申し込みが多く、すでに各市に専門員を配置して対応しているとのこと。経済事情を勘案しての福祉サポートは必要なものの、本人の努力が認められる状況も大切でこの種の申請処理には配慮が大切と痛感したところ。

 審査会後には6月に社会福祉センター内にオープンする「あったかふれあいセンター」職員らと事業開始に向けての研修打ち合わせを。当面予定している事前研修は、19日の宇和島市津島町と県内の田野町で、19日に訪問予定の「ふれあいセンターもやい」は運営主体は宇和島市社会福祉協議会。

 もの「もやい」は津島町岩松商店街駐車場横の空き店舗活用して、ふれあいの空間、学びの空間として地元のボランティアが平日に運営しているとかで19日の訪問が楽しみ。

 

 

 

2010年5月14日 (金)

半日パソコンにつきあいを

5月12日(水):正午近く高知市のパソコン専門店より一昨日購入したパソコンのデータ移行が終了したので引き渡しがでいると連絡が。

 廃棄するパソコンからのデータ移行が終わり、インターネットの定をされたパソコンを持ち帰り、パソコンデスクに設置を。新しいパソコンはNEC製品でマイクロソフト2007が入っておりXPを使っていたものには若干使いづらいことも。しかし、メールでのやり取りができるようになってひとまず安心を。

自治基本条例の進捗状況が

5月11日(火):高知新聞の朝刊に支社局からの報告として「自治基本条例策定大詰め-四万十町-」の記事が。この自治基本条例制定は町村合併後につくった「四万十町総合振興計画」に基づくもので、 町長任期が押し迫った昨年初めに自治基本条例検討委員会がスタートしたもので、当時は副委員長としてかかわっていたものの町長選挙に出馬することとなり昨年末に辞任を。

 しかし、総合振興計画は自分が会長となって策定したもので、今後の四万十町将来展望を示したものと思っており、「自治体の憲法」といわれる自治基本条例は大いに関心が。まちづくりを町民に身近なものとし、住民・議会・行政が役割を果たしながらまちづくりを進める仕組みがどう進んでいくのか、高知新聞池本窪川支局長は四万十町の課題を指摘しながら記事を書いています。

 この自治基本条例のポイントは議会の出方ひとつで、現状では議会の消極性が浮き彫りに。行政も議会も「町総合振興計画」を進めると言いつつも現実は逆と思われる対応に。住民不在の行政はいつまで続くのか?。注視していきたいものです。

調子が悪いと思えば故障とは

5月10日(月):ここしばらくデスクトップパソコンの調子が悪く、どうにもならなくなって高知市のパソコン専門店に修理を依頼するために持ち込んだところ、ハードディスクを中心に相当傷んでいるとのことで動きが遅く、立ち上がりに10分以上かかる始末。5年間の修理保証があるといっても契約内容では修理に相当な金額がかかりそうで、結局性能の良いノートパソコンに買い換えることにし、データ移行を依頼して帰宅。予想外の出費が多く頭を抱えることに。

 パソコンは一般の文書作成のみならず、インターネット・メール・ブログなど今の生活には欠かせないのもとなっており、涙をのんでの買い替えに。故障したパソコンは購入して4年半で、ほとんど毎日使用しており、無理もないかと諦めも。年金生活者には10万円余りの出費は痛い。(´Д⊂グスン

久しぶりに矢井賀に

5月8日(土):朝から天候に恵まれた1日に。この日は久しぶりに中土佐町の矢井賀を良くする会が毎月第2土曜日に行っている「高齢者モーニングサービス」を訪問することに。

 このモーニングサービスは矢井賀地区の地域づくりにかかわったことで提案させていただき、もう2年を経過。高齢者の見守りと地域活動の活性化を目指しての取り組みが進化し、3か月ごとには市を、また作品展やコンサートなどに加え、「矢井賀AI」を地域内に普及さす活動など多彩な取り組みが光っています。

 この高齢者モーニングは高齢者のみならず、地域内外に影響を与え、大野見北地区や黒潮町蜷川地区でも取り組まれ、今後ますます進化していく様相です。地域づくりには自発的な活動は欠かせないもの。その活動を引き出したり支援する取り組みが必要なまちづくりを我が町ではどう考えているのか。またどう取り組もうとしているのかいま一つ理解できないのは私だけなのか。総合振興計画で地域自治区を目指している割には鈍感すぎではないかと不安に。

2010年5月12日 (水)

やっと通常の活動モードに

5月7日(金):午前からは四万十町障害者連盟総会に出席し、昼食を兼ねての交流会にも参加したものの、アルコールだけは遠慮を。障害を持たれているとは言いながらもパワーを持っている会員の多くは時間一杯の交流を。

 この日は6月からスタートする「あったかふれあいセンター」の職員も出勤しており、運営やビジョンについて意見交換を。この事業は国・県の雇用促進事業で、失業者などが対象になっており、3名の臨時職員の採用と社会福祉協議会職員のコーディネーター配置が。

 この事業を継続するために単なる雇用促進に終わらせることなく発展させたいもので、職員の奮起に期待を。

 夜にはくぼかわボランティア連絡協議会5月世話人会に出席。自分の都合で暫く世話人会に出席で来ておらず、この夜は参加メンバーに会うことも含め通常の活動ボードに戻った気に。すでに6月のボランティア連絡協議会について話し合う時期となったのかと、時の流れの速さを実感したことに。

NPO法人の現実に

5月5日(水):「こどもの日」で孫のこいのぼりは風にはためき五月晴れで快い日に。夕方にはこの間活動を停止していた関わっているNPO法人の活動についての打ち合わせを高知市・四万十市から関係者に来ていただいて社会福祉センターロビーで。

 年度が変わり、前年度の事業の報告や決算など処理しなければならない事務がありながら、選挙で遅れておりそろそろ追い込みにかからねばと思っていた中での打ち合わせで、現実に引き戻された感じ。そろそろ現実モードにならねばと思うものの・・・・・。

5月1日はメーデーなれど

5月1日(土):5月1日は労働者の祭典メーデーといってわが町でもデモ行進をしたり集会をしたのはいつ頃までだったのか記憶がはっきりしないぐらいに。今ではメーデー集会などを行っている市町村は僅かに。労働者意識の希薄化と労働組合運動の衰退は比例なのか。働くものが社会を支えているとの自覚やプライドが失われてきたこの社会構造が大いに気になります。

 働くものが権利や義務を行使しながら社会をつくるとの意識が欠如している表れなのか。政治や理不尽な社会に対して行動でもって表現する時代はもう来ないのか?。大きな力や社会の流れに逆らいながら理想を求める生き方はもう古いのか?。鶴田浩二の歌にあるセリフ「古いやつだとお思いでしょうが、古いやつほど新しいものを・・・」にあるように原点を大切にしながら未来を思うことは重要と思われるのですが。

 早くも5月。この日は妻の実家のある松葉川一斗俵沈下橋脇の田んぼでの農作業を。沈下橋周辺の散策なのか県外の方と思われる人々の往来が。昼食には義母にビールのご馳走をいただき気持ちよく農作業に勤しむことに。この連休は比較的天候に恵まれそうで、農作業も捗りそう。

この週は2つの葬儀が

4月30日(金):大型連休がスタートし、県外ナンバーの車が田舎まで入ってくるように。カーナビが普及したのかはたまた高速道路の1000円乗り放題効果なのか。

 激しい雨が降った27日(火)には窪川から1時間半近く車でかかる十和大道での葬儀に、またこの日にはJA葬祭での葬儀に参列したものの、二人とも60歳代で癌が死亡原因となっており自分も気をつけなければと。

総会後の交流会に招かれ

4月26日(月):夜には町内のボランティアグループ「Doネットワーク」の総会後の交流会に招かれて町内の居酒屋に。このボランティアグループは10年前に設立された精神障害者小規模作業所「由菜の里」(現:NPO法人由菜の里)の活動支援を目的に作られたもので、ボランティア活動のみならず精神障害者啓発支援事業などにも取り組んでいます。

 交流会には10名弱が参加し、和やかに時間の過ぎる事も忘れるほどで、気がつけば座ったまま一時意識不明(短時間の眠り)状態に。この夜も一次会で帰ったものの、すっかり酔ってしまって帰宅とともに水平飛行に。

夜のふれあいセンターを想像して

4月22日(水):3年前から取り組んできた四万十町におけるNPOと行政との協働推進事業の一つである放課後児童の居場所づくり「くぼかわのわ」が具体化し、一昨年からは事業の試行、昨年度は実施に向けての準備に。

 この事業は小学校児童保育の対象にならない子供たちの居場所を作るのみならず、その子供達と高齢者やボランティアなどの交流を通して子供達の見守りを行うもので、国・県の補助事業を活用して会場となる社会福祉センターの改修を行い、今年度には同事業を含む高知県の「あったかふれあいセンター」事業として拡充するもの。

 この夜は改修された社会福祉センターのボランティアルームやあったかふれあいセンタールームの完成を祝ってボランティア連絡協議会がささやかな祝賀会を実施。

 会場である改修されたあったかふれあいセンタールームでは社会福祉協議会会長・ボランティア連絡協議会会長はじめ参加者が料理をつまみながら今後の事業実施について思いを膨らませながら交流が。この中で、月に1回ぐらいは「夜のあったかふれあい事業」をやりたいなど町民交流のアイディアが出され、自発的活動や多くの町民を巻き込んだ地域福祉活動への夢が広がることに。快く酔っての帰宅となりました。

2010年5月 7日 (金)

四万十町川一斉清掃に

4月18日(日):この日は四万十川一斉清掃。昨年までは区長をしており、段取り等に時間が必要だったものの、今年は区長を外れて支持どうりに行動することとなったものの、区長の苦労のわかっており協力を。

 四万十川の支流である東又川の川沿いのゴミ拾いを中心に約1時間かけて集落の皆さんと共に活動を。燃えるゴミを中心に30袋の回収とともに、冷蔵庫の不法投棄もありマナーの悪さを実感。

 町村合併後における住民意識の高揚をも取り組むとしたまちづくり計画が浸透していないことが浮きぼりに。前町長の下、関わってきた新町長の手腕に期待が、といっても果たしてどのようになるのか展望がイメージできないことになってしまいかと危惧も。

頭の中を整理する間もなく九州に

4月17日(土):毎年サポートで参加している四万十町障害者連盟1泊親睦旅行の下見に参加。と言うよりも旅行会社のような形で早朝3時に窪川を出て九州に。

 今年で19回目となる四万十町障害者連盟一泊旅行には身体障害者授産施設「あさぎり作業所」開設翌年から関っており、ここ10年余は下見や運営サポート充実する立場でもあり、今年予定している5月の九州地方の下見を実施したもので、窪川・十和・八幡浜・臼杵・阿蘇・別府・そして帰途のコースを下見と点検に。

 障害の方々の旅行で今回心配なものはフェリーの利用とホテルの施設面で、5月の利用する宇和島運輸フェリー「おおいた」に乗船してみることと、利用する赤水温泉「赤水温泉・阿蘇白雲山荘」の下見と料金や施設サービスについての確認が主な役割。2日の行程を1日で下見することはハードではあるものの、欠かせないことでほぼ1日を使って終了。途中観光を予定しようとしている阿蘇周辺・九重夢大吊橋・別府うみたまご等、についても下見が完了。帰宅はこの日の24時に。

多くの理解者と共に次に・・・

4月13日(火):町長選挙で敗戦となった選挙事務所の後始末を粗方終えて、この夜には支援者や選挙スタッフなどの懇親交流会を開催。

 約70名が参加いただき、敗戦にも関わらずこれからの町のあり方やまちづくりへの取組みを共有しながら延々と3時間の交流会に。この選挙戦を通して知り合った方々やこの町の将来に関心を持たれている方々など、私の気持ちを思ってか前向きな話があちらこちらで盛り上がり、参加いただいたマスコミ関係者は、敗戦にも関わらずこのような気持ちの良い交流会のパワーは何かと不思議に思われる始末。

 支持者の皆さんやスタッフが四万十町の将来を考えて悔いの無い活動をしていただいた結果だと感じます。しかし、その活動が政策を基軸に評価されなかったことは私の不徳で、明るく振舞ったものの、心には重くのしかかっています。

 開場の後始末はシルバー人材センターの方にお願いしていたものの、予定の時間をオーバーし、スタッフも後始末を手伝って解散に。義弟に二次会に誘われてスナックに立ち寄ったものの疲れからボックス席で座ったまま意識不明に(◎´∀`)ノ。

 この町長選挙は、じっくり反省も兼ねて分析と今後のまちづくりの方向性を考えなければと思いつつ帰宅しました。

2010年5月 6日 (木)

町長選挙、完敗です

4月11日(日):町長選挙の投開票日。投票結果は支持者の皆さんと共有しようと開票が始まる時間に事務所に出かけてケーブルテレビでの放映を待つことに。

 結果として次のとおりに。四万十町長選挙における当日有権者数16.756人。投票総数12.955人。有効投票数12.794人。投票率77.32%。

 高瀬得票3.597票(得票率28.11%)、島岡2.412票(18.85%)、中尾2.218票(17.34%)、八木1.800票(14.07%)、味元1.733票(13.55%)、山脇1.034票(8.08%)。

 と言うことで完敗です。言い訳はしないことにしますが、町民が将来の四万十町の姿を描いた選挙結果とは言えるのでしょうか。少なくても私の政策を上回る政策や具体的な取組みを住民が支持したことに他なりません。新町長には責任を持ってスピードある行政執行に取り組んでほしいものです。

 この夜には、涙も出ず支持者の皆さんに頭を下げるだけでした。町内外から支援していただいた多くの皆さんに感謝すると共にお礼にかえたいと思います。皆さん、本当にありがとうございました。

 私は挫けません。半年余りの休業を再会しながら地域活動や福祉活動にスイッチを切り換えて頑張る所存です。

涙のマイク収め

4月10日(土):5日間の選挙の最終日。選挙期間中2日目は十和地区を、3日目は窪川地区を、4日目には雨の大正地区を、そして最終日は窪川地区を重点的に街宣を。

 この半年あまり町内をくまなく歩き、町民との対話をし、町の将来課題や展望を実感してのマイク収めでは涙が溢れて止まらない状態に。町村合併後の4年間、行政や議会は住民の気持ちをどのように捉えてきたのか、そのことを思うとき一生懸命に生きている人々の立場に立って行政が行なわれているのかが評価される選挙と思い涙を流しましたが。

 とにかく、私を支えていただいた多くの支持者や選挙スタッフの熱意に感謝です。あとは結果を見守るだけ。

町長選挙の告示日

4月6日(火):四万十町が誕生して2回目となる町長選挙の告示となり、自分も候補者6名の一人として選挙戦に。出陣式では100名余の支持者の方々が詰め掛けていただきスムースなスタートが。

 この町長選挙は戦後県下でタイ記録となる6名の立候補で有効投票の25%を誰も超えなければ再選挙となると関心が高まっています。

 しかし、このことよりも現在の四万十町が抱えている「仕事が無い」「老後の不安」「まちづくり計画の行方」など多くの課題を解決し、将来展望を描くかが大きなポイントととらえているものの、果たして町民意識はどうなのかと思いつつ選挙戦が始まりました。

 私が訴えていることに対しては共鳴をしていただいていると思いつつ、6名の立候補で地縁・血縁の選挙となり、政策や将来展望が霞むことになりはしないかと不安も。

 事務所スタッフなどの元気な活動に支えられて選挙初日が終了。選挙初戦ながら支持者の期待に応えようとの思いを胸に5日間の選挙戦を戦意思を明確に。

第2回桜マラソンが

4月4日(日):昨年から開催されている「四万十川桜マラソン」にボランティア参加を。参加場所は四万十町大向行動沿いの給水所で、国道脇の広場に机を並べてスポーツドリンクや水を準備し待機を。最初の給水場所でもあり、結構な混雑があったものの比較的スムースに対応ができてほっと一息。

 この様子は夕方のテレビニュースで放映された模様です。マラソン参加者は1000人弱だったとか。このイベントを将来的には民間主導で取り組めれば住民の参加参画の実践としてより良いものになりそう。

また一つ保育所が閉園に

3月27日(土):桜も満開となったこの日に四万十町で一番歴史のある仁井田保育所の閉園式が行われました。卒園式後に行なわれた閉園式には保育園児や保護者、地域方々、町役場関係者そして窪川児童福祉協会役職員など多くの出席が。

 この保育所は戦後間もなく地域の有志によって開園し、途中より社会福祉法人である窪川児童福祉協会の運営となったものの、土地問題や園舎の老朽も重なり、また少子化による仁井田地区の保育所一元化もあり、2年後の仁井田地区統合保育所建築を確定しこの年度をもって閉園としたものです。

 式では仁井田保育所の歴史や子どもたちの保育の姿などが披露され、参加者は感慨深げに耳を傾けていました。式典後には保護者会などによる餅投げののち懇親交流会が行なわれ、閉園の名残を惜しむと共に統合保育所への期待も含め和やかに自慢を過ごしました。

 この保育所には自分も3km余りの道のりを徒歩で1年間通園しました。家を早朝に出たものの途中で弁当と道草を食べ、保育所に着いたのが閉園時間になっており、そのまま引き返した記憶もかすかにあり懐かしく思い出されます。当時の園舎は改築されているものの子どもながらの記憶が蘇ってきます。

 またこの保育所には今年1月から3ヶ月間だったけれども1歳の孫が通園し、閉園式に同席したことも思い出に。

 保育所経営をしている社会福祉法人役員としては、新設統合保育所の充実に全力投球しなければと決意を新たに。

2010年5月 3日 (月)

町長選挙公開討論会開催

3月26日(金):4月11日執行の四万十町長選挙に立候補することとなり、この夜の「四万十町町長選挙候補者公開討論会」に参加。この討論会は町内の若者など30人余が主催したもので、町長選挙に立候補予定している6名が参加。当然私も参加。

 主催者側の質問などについては、①自己紹介・出馬動機、②少子高齢社会についてのビジョン、③教育について、④雇用創出のアイデア、⑤予定演説・・・についてで、この公開討論会は町長選挙としては県内初めてで、町内ケーブルテレビでの放映も予定されており、、どのような効果があるか興味深々。6人が立候補予定となった段階で、地縁・血縁の選挙となることは想定いされるものの、この公開討論会がどのような効果を発揮するか多いの関心をを。

 開場には300人弱の町民が集り、候補予定者は思いを主張することに。自分は整然と政策を主張したもののどれだけ理解いただけたかは不明。この時点で田舎の選挙は政策よりも地縁・血縁ではないかと一抹の不安に。

年度末の社会福祉協議会理事会に

3月23日(火):午前はしまんと町社会福祉協議会理事会に出席。この理事会では21年度補正予算、22年度事業計画、22年度当初予算について議案審議が。

 22年度事業計画では、21年度に策定した「地域は家族」~笑顔で暮らせる四万十町~をテーマとした四万十町地域福祉活動計画の具体的な取組みを行なうかがおきなテーマで、理事会・評議員会・職員等が行動を起すことが重要。町を巻き込めるかも大きな課題に。実践を通して地域福祉に取り組んでいる社会福祉協議会のインパクトを前面に出してアピールを。

初めての「ときめき花見」

3月20日(土):昨年12月予定の「ときめきクリスマス」が開催できず、この春となって「ときめき花見」として実施を。この事業は障がい者を主役にボランティアや施設職員などでつくる実行委員会の主催。

 四万十農協会館でで開催された「ときめき花見」には100名余の参加があり、昼食を挟んでのプログラムには多くの団体やグループが出し物を披露し楽しいひと時を過ごすことに。

 ボランティアとして参加してしばらく経つものの、桜の花の咲く時期のイベントは初めてで、これも満更ではないと実感を。

年度末の児童福祉協会理事会に

3月18日(木):窪川児童福祉協会が事務所として使っている見付町民館でこの年度最後の「窪川児童福祉協会」理事会が開催され出席。議題は、21年度補正予算、22年度事業計画、22年度当初予算及び新年度人事異動が主なもので、原案通り可決を。

 しかしながら、耐震構造となっていない仁井田保育所を3月で廃止すると共に、23年度末新築の仁井田統合保育所に向けての課題もあり、理事会のみならず地域や職員との連携がより必要となることを痛感。効率的な子育て支援については今後の法人の役目が大きくなりそう。理事会終了後には所長と理事の懇親会が。この夜も真面目に帰宅に。

2009年度最後の運営委員会など

3月9日(火):午後からは県庁北庁舎での「高知県社会貢献活動支援推進会議」に出席。この会議では、第2次高知県社会貢献活動支援推進計画に基づく平成21年度支援策の進捗状況と平成22年度からの支援策の実施案について話し合いを。また、社会貢献活動の質的評価についての指標研究・検討をすることとなり、「評価シート」を作成して取り組むこととなりました。

 夜には高知市市民活動サポートセンターでの高知県ボランティア・NPOセンター運営委員会全体会に出席。この会には運営委員会のアドバイザーである日本NPOセンター田尻佳史事務局長も出席され、全国のNPOを取り巻く動向について情報提供がなされ、続いて2009年度事業の振り返りと評価について議論を。

 また2010年度事業計画の最終検討を。新年度での重点事業としては、ボランティア活動推進事業は「市町村社協等のボランティアセンターの強化支援」で、NPO支援事業では「NPOの経営力の強化支援」となっており、運営委員会の取組み強化が課題となりそう。

 運営委員会終了後はいつもの懇親会が。この夜の懇親会は「彩季」(高知電気ビル地下)で、高知県ボランティア・NPOセンター運営委員会の発展を祈りつつ交流を。さすがに2次会には足を運ばずホテルに。

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