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2010年2月27日 (土)

災害ボラセン体制づくり検討委が終了

2月26日(金):久しぶりの雨で、春が近いことと思わせる暖かさ。このところの疲れが溜まっており午前は自宅で文書を作成したりでゆっくりと。

 午後は「第3回四万十町災害ボランティアセンター体制づくり検討委員会」に出席。この検討会の目的は、南海地震や風水害等の大規模災害が発生した場合、その災害復旧・復興にむけてしまんと町社会福祉協議会を中心として各機関とと連携しながら「四万十町災害ボランティアセンター」を設置・運営への手順や活動を明確にするためのもので、設置マニュアル案も出来て今回が最終回に。

 今後は災害ボランティアセンターの活動の住民への周知や模擬訓練を重ねながら体制確立に取り組むことに。ゴールの無い取り組みが継続できるように地域に力をつけなければ。

高校の開かれた学校づくり

2月25日(木)夕方からは母校である窪川高校での「開かれた学校づくり委員会」に出席。この委員会は8名の委員と生徒会役員、教職員で構成されており、窪川高校の地域活動や評価等について話し合いを。少子化の中、将来は学校の存続が危ぶまれることになるかもとの危機感も。学年1クラスの現状打破には地元中学校からの入学増が喫緊の課題。特色ある学校づくりに卒業生も尽力しなければ。

 夜間は昨年末に役員を辞任した社会福祉法人の役職員に招かれてのお疲れさん会に参加。美味しい料理をいただき感謝。2次会のスナックでは多くの知り合いに会ったものの、比較的まじめでマイクも持たず帰宅することに。しかしアルコールは結構体内に入っていた模様。

大正でも生活支援サポーター要請研修を

2月23日(火):午後は大正大奈路集会所での「生活支援サポーター要請研修」に参加。この研修の大正地区での開催は初めてで、20名余が参加し熱心に研修を。

 3回シリーズの初期講座でもあり、導入部分の講義「地域での住民の支え合い活動を知る。支えあいの必要性を知る。10年後の地域を考える。」では私が講師を。県内での小地域活動や自分が関わってきた地域活動の実績を披露しながら講義をするとともに、後半に行われたワークショップについて講評をして閉会に。今後は後2回の研修が。住民力がこれからの地域には欠かせないもの。まさに「地域に力、町の元気を、みんなでつくろう活力ある四万十町」を目指す講座となっていきそうで大いに期待が持てます。

 夜間は十和公民館で「まちづくりについて語る会」を開催し、地域課題を再認識することに。

2010年2月26日 (金)

三者主催のふくし大会

2月21日(日):「四万十町社会ふくし大会・第10回当たり前に暮らすこと」が開催されました。今年は初めて四万十町・しまんと町社会福祉協議会・Doネットワークの三者が主催となり、「生きる・笑いと健康~地域で支えあって~」をテーマに約250人のが参加。

 今年の開催趣旨は、今世紀前半にも確実に発生するといわれている南海地震への備えや地域で安心して暮らせる仕組みづくりを考えるもので、町内の防災の取り組み発表や、高知大学南海地震防災研究支援センター長岡村眞氏の講演「南海地震~この町で生き残るために!~」が行われ、岡村氏は「次回の南海地震は想像を越えるものとなりそう。自分の命は自分で守ることを基本に、日ごろからの備えに万全を」と話されました。

 このふくし大会は福祉関係表彰をはじめ、間六口氏の楽しいトークやホームセンターによる防災グッズの展示、消防署による体験(初期消火、心肺蘇生法)コーナー、作業所による展示販売、喫茶・軽食コーナーなど盛りだくさんの内容にもかかわらず参加者はいまひとつ。三者主催の相乗効果は見られず残念な結果に。

 最後にはこのたび策定された「四万十町地域福祉活動計画」についての説明をさせていただき閉会に。終了後には社会福祉センターに会場を移して交流会を。被表彰者などとともに和やかなひと時を過ごすことになったものの、主催者である町の参加が無く残念。この場でも住民力の大切さを実感。また、社会福祉協議会への応援団があることを感謝。2次会まで足を運び、快い気持ちで帰宅に。

2010年2月19日 (金)

マスコミ取材に圧倒されて

2月18日(木):比較的晴れたものの気温が上がらず、風の寒い一日に。4月の首長選挙の取組みに向けて地域を歩き、午後にはマスコミの合同取材が。

 この取材は4月に向けてのマスコミ体制づくりのようで、新聞3社・テレビ4社が事務所でインタビュー取材を。動機や政策について1時間以上の時間、話をすることに。今回マスコミが興味を示している要因の一つは、首長選挙に6名の立候補予定があることで、ニュース性が高いことのようです。動機や政策について思いを述べさせていただき頭の整理も進み感謝。

 そのあとには「四万十町長選挙公開討論会を実現する会」メンバーとの打ち合わせが。若者による開かれた行政や選挙を目指す姿には敬服を。この姿に共鳴する住民の意思高揚が必要なことは言うまでもなく大いに期待したいところです。

 この会の設立趣旨には『現状のさまざまな問題を解決していくためには、私たちが自らの手によって「政治との失われた絆を取り戻す」必要がある。日本や四万十町の将来のために「ともに問題に取り組んでいけるような人物を選ぶ」責任があることを自覚する必要がある』としています。

 また、討論会の目的を「各立候補予定者の政策の争点を明確にするための公開討論会の実施。これをすることにより、有権者の政治意識の高揚と選択の明確化を助け、投票率の向上を図りたい。」としており、候補予定者としては願ってもないこと。地縁・血縁の選挙に陥る恐れが少しでも解消できることになれば町の将来にとって望ましいこと。これからの10年が四万十町にとっては踏ん張りどころ。次世代にバトンタッチするにはここで自分たちが頑張らなくては。

2010年2月18日 (木)

生活支援サポーター養成研修第2弾

2月13日(土):昨年1~2月に影野小学校校区で開催した社会福祉協議会主催の生活支援サポーター養成研修第2弾として、十川小学校区で開始。

 会場はJA高知はた十川支所を会場に20数名の参加。今回の研修は導入研修とし、3時間コースの3回シリーズでこの日の初回には研修①の生活支援サポーターとは?、に続いて自分の担当である研修②の「地域での住民の支えあい活動を知る」「支えあいの必要性を知る」「10年後の地域を考える」について講義を。資料は昨年に使ったものをベースとし、中土佐町の地域づくりの仕組みなどを織り交ぜて紹介しながら話しを。

 後半は社会福祉協議会職員の「住みたい町プランを作る。(地域の自慢や課題を考える。)」ワークショップを。4グループに分かれての話し合いや発表は積極的な参加者が多く大井の盛り上がりが。次回や最終回が楽しみな養成研修となりそう。今月23日からは大正大奈路小学校区での養成研修が始まることに。地域福祉に無関心な行政を変えるには行動あるのみで、首長としてのリーダーシップの発揮しか方法は無いのかいささか疑問に。

 夜には元職場の労働組合招による「新年旗開き」に参加。会場は四万十市にある新ロイヤルホテル四万十で、十川からはR381・441を利用し四万十川を下って中村に。退職前約3年は中村で勤務しており、先輩・後輩などと杯の交換で親交を深めることに。結局深夜まで交流を。

2010年2月17日 (水)

社会福祉協議会理事会に

2月12日(金):午前はしまんと町社会福祉協議会第7回理事会に出席。この理事会は給与規定や臨時的任用職員就業規定一部改正などの議案が。また、今月21日に開催される「四万十町社会ふくし大会」に向けての表彰者決定や22年度事業についての検討を。先月社会福祉協議会会長に答申された「四万十町地域福祉活動計画」をもとにした具体的な行動計画を話し合い。

 町外から来客があり、昼食を一緒にし、何かとアドバイスをいただきくことに。

高知県ボランティア・NPOセンター幹事会に

2月10日(水):昼前に自宅を出て高知市に。午後の用務を済ませたあと「高知県ボランティア・NPOセンター第51回(2009年度第5回)運営委員会幹事会に出席。幹事会はいつも高知県社会福祉センター1階のNPO会議室で行なわれ、事業の進捗状況の共有や事業の振り返り、次回運営委員会のすすめ方などの検討を。この夜の帰宅は22時過ぎに。

 

寒空で早めの閉会に

2月8日(月):寒さが続くのか高齢者が亡くなり、一昨日に行なわれた2つの葬儀に続きこの日も葬儀が。町内の老人ホームに暮らしていた方で、ホームの職員に聞くと年間10数人の亡くなる方がおられるとか。定員70人のホームに120人を超す待機待ちの方々があり、10~15年後には団塊の世代が介護施設を利用する年代となることを想定すると、町内の老人ホーム等の整備は欠かせないところ。正に行政課題であり、早期に取り組まねば。

 夜は、くぼかわボランティア連絡協議会2月世話人会が行なわれ出席。この夜は2月・3月のボランティア団体や社会福祉協議会事業等について話し合いを。今月21日予定の「四万十町社会ふくし大会」は四万十町・しまんと町社会福祉協議会・Doネットワークの主催で、行政、NPO等との協働事業として一歩前進。内容が協働となるか興味津々。寒空ゆえ早めの閉会に。

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